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健康の秘訣 00078

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健康の秘訣

 

 

己の肉体が苦しめば 心悩乱し わが身楽なれば 情欲に愛着す

苦楽はともに 正道成就の根本にあらず

苦楽の両極を捨て 中道に入り 自己保存 自我我欲の煩悩を捨てるべし

 

 

心身一如

 

 

肉体は、魂を乗せる舟である。しかし、これは自動車と人間の関係と同じではありません。自動車と人間は、ハッキリと分離しています。たとえば、私の自動車であっても、別の人が乗り込んで運転することができます。ところが、魂と肉体は、そういうふうに、簡単に入れ替ることができないのです。

 

前に説明しましたように、原子体(肉体)と光子体(霊的な体)と霊子体の三体は、霊子線によってつながっているのです。したがって、これらは、三体で1セットになっていて、このセットの中身を一部だけ入れ替えたりすることはできないのです。

 

簡単に説明するとこうなります。「この世の人間は、肉体と魂でワン・セットになっている」ということです。霊視線でつながっているのですね。心身一如、心身不二であります。別々のもののようで、そうではない。同じもののようで、そうでもない。一体といえば一体だし、別々といえば別々に見えないこともない。ま、こういう関係です。非常に密接な関係、相互に影響を与え合っている関係です。

 

たとえば、自動車と人間ならば、人間が腹痛で苦しんでいても、自動車のほうは苦しみません。反対に、自動車が故障したからといって、人間が故障するわけでもありません。ところが、肉体と心の関係は、相関関係ですから、肉体が傷つけば、心が痛みを感じるし、心が苦しめば、肉体のほうの調子も悪くなっていくのです。だから、私たちが、健康に暮らしていくためには、この肉体と心の相関関係を、よく理解しておく必要があるのです。

 

では、順を追って説明していきましょう。まず、魂と肉体は「不二一体」である、といっても、主従関係なのですね。あくまでも魂が主で、肉体が従であります。肉体は、この世での使命を果たせば、土に返るのです。しかし、魂は、光子体という霊的な体に乗って、あの世に帰るのです。魂こそが私たちの本体だということを、決して忘れてはならないのです。

 

あくまでもイメージですが、肉体の中に光子体が入っているような感じです。これは霊視できる人から見ると、重なり合っているように見えるそうです。光子体というのは、肉体とほとんど同じような形をとっているようです。そして、光子体のなかに魂・意識が入っていて、魂・意識の中心が「心」であるという言うことです。この心こそが、私たちの本体であります。

 

モノを考えたり、記憶したりしているのは、「脳」ではなくて、この「心」なのです。唯物論者は、「脳」こそが、思考の根元だと考えますが、正法神理では、「心」こそが、思考の根元であると考えているのです。あの世の霊人には、肉体がありません。つまり、「脳」がないのですね(^^;。ところが、高級霊の「霊界通信」を読めばわかるように、この世の人よりもはるかに素晴らしいことを語っています。「脳」が無いのに、彼らは、考えているし、記憶している。なぜでしょうか?

 

つまりそれは、思考や記憶などは、「脳」がやっているのではないということです。「心」が考えたり、覚えたりしているのだということ。「脳」は、テレビやラジオの役割なのです。ラジオから、色んな話が聞こえてきますが、あれはラジオという機械が、考えて、話をしているわけではないのです。

 

本当に考えて話しているのは、放送局のアナウンサーとかパーソナリティーなのです。 「脳」自体には、思考する働きがないということです。脳は、機械みたいなもの、コンピューターですね。「脳」は、「心」と「肉体」の接点になっているのです。

 

そして「脳」は、肉体の指令室でもあります。指令するのは「心」ですが、その指令を、肉体に伝えているのが、「脳」なのです。たとえばある人が、右手を上にあげたとします。それは、その人の「心」が命じて、その命令が、脳から、神経を通って、右手に伝わって、上にあがったということです。心が何も命じていないのに、勝手に右手が、上にあがることはないのです。

 

ところで神経には二つの系統があります。「動物性神経(脳脊髄神経)」と「植物性神経(自律神経)」です。動物性神経は、私たちの意思を伝達する神経。あるいは、感覚器官が感じ取ったことを脳に伝達します。

 

植物性神経は、私たちの意思に関係なく、勝手に活動してくれる神経。たとえば、内臓諸器官の働きを支配しているのが植物性神経です。実にありがたい神経。もし、心臓の動きが、植物性神経の支配下にないとすると、私たちは、常に己の意思で、心臓を動かさなくてはならなくなってきます。夜もオチオチ眠れなくなってしまいます(^^;。

 

植物性神経は、「心」が命令しなくても、勝手に働いてくれるのですが、「心」とまったく無関係ではないのです。積極的な「心」の状態の時は、その活動を強め、消極的な「心」の状態の時は、活動が弱まっていくのです。要するに、「心」が明るい時は、ドンドン健康になっていき、「心」が暗いと、ドンドン健康が衰えていくのです。これは、たいていの人が経験則として知っています。

 

「心」と「肉体」は、相互に影響を与え合うということですが、次のような関係になっています。

 

① 心が明るくなっていけば、肉体は健康になっていく。肉体が健康になっていけば、心が明るくなっていく。(好循環)

② 心が暗くなっていけば、肉体は不健康になっていく。肉体が不健康になっていけば、心は暗くなっていく。(悪循環)

 

これが、健康の秘密なのです。健康になりたかったら、心をいつも明るくしておくことです。病気になりたかったら、心をいつも暗くしておくことです。非常にシンプルですが、これが健康の根本原理なのであります。

 

どういった心が明るくて、どういった心が暗いのか?これは、もうおわかりでしょう。一つの目安として「自然な笑顔」というものをあげておきたいと思います。「笑っていますか」ということですね。自然な笑顔と明るい心は、相関関係です。「笑う」ためには、どうすればよいか?いろいろ考えてみてください(^^)。嘲笑とか、他人の不幸を笑うのは、ダメですから。こういうのは病気方面につながるので、注意してください。

 

あと、心と肉体の法則を利用することです。「愉快だから笑う。笑うと愉快になる」であります。まず、形から入ってみるという方法もあるのです。形から入って、心に影響を与えていくのです。とにかく笑ってみるのです。鏡の前で、肩の力を抜いて、下腹に力を入れて、肛門を閉めて、声を出して笑ってみるのです。そうすると心のほうにもよい影響を与えることができるのです。形から入って、心によい影響を与えていく。これも立派な考え方なのです。

 

あと、呼吸法も利用してください。呼吸は、植物性神経の支配下にあります。眠っている時も、自然にやっています。しかし、呼吸は、私たちの意思でもコントロールできるのです。植物性神経の支配下にありながら、かつ、意志の力で簡単にコントロールできるのは、呼吸だけなのです。つまり呼吸は、二つの神経系統がクロスしている部分なのですね。

 

植物性神経すなわち自律神経が弱っている時は、当然、呼吸も浅くなっているのです。 これを意思の力でコントロールすることです。浅くなった呼吸を、腹式呼吸などで、意識的にゆったりしたものにするのです。そうすることで、弱っている自律神経の調子を整えていくことができるのです。

 

たとえば、びっくりすると、心臓がドキドキして、倒れそうになります。これは、驚いたため、自律神経が乱れて、心臓の鼓動が激しくなったのです。そして必ず、その時、呼吸も浅くなっているはずです。だから、そこで空を見上げて、深呼吸するのです。呼吸を整えれば、自律神経も整って、心臓のドキドキもおさまっていくのです。

 

ただし、呼吸法は、いろいろあるので、あまり深入りしないほうがいいでしょう。ストレッチ体操のような、呼吸法を取り入れた柔軟体操がいいと思います。毎日朝夕各5分ずつ、そういう体操をやる習慣をつけておけば、健康増進間違いなしです。10年20年と長く続けることが大切です。だから、できるだけ簡単な柔軟体操がいいでしょう。これも、いろいろありますから、自分にあったものを見つけて下さい。

 

 

正道成就の根本

 

 

さて、心と肉体の相関関係を通して、健康について見てきましたが、次は人間の生き方について見ることにしましょう。 まず、原点に立ち返って、考えてみたいと思います。私たちは、何を求めているのでしょうか?突き詰めれば「幸福」であります。私たちは幸せを求め、さすらっているのです。しかし、なぜ幸せを求めるのだろうか?また幸せとはいったい何なのだろうか?

 

幸せを求める理由は、今、幸せを感じていないからです。つまり苦しみの中にあるということですね。だから、幸せへの第一歩は、苦しみを取り除くことであります。苦しみを取り除くには、その原因である煩悩を見極め、それを滅し尽くすこと。そのための方法が八正道である。これが四諦・八正道の教えです。

 

そして、すべての煩悩を吹き消した状態が、涅槃寂静という境地なのです。つまり、この涅槃寂静こそが、私たちが求める「幸福」なのです。この涅槃寂静の境地に至ることをもって、正道成就というのであります。

 

しかしこれは「私的幸福」なのです。人間は、自分だけが幸せになっても、本当の幸せを感じることができないのですね。自分が幸せでも、愛する人たちが苦しんでいたなら、やっぱり本当の幸せを感じることができなくなる。「世界の全体が幸福にならないうちは個人の幸福はありえない(by宮沢賢治)」、ということです。

 

「正道成就しました、万歳っ!」では終われないのです。 己が救われたのならば、次は、今、迷いの中で苦しんでいる人々に愛の手を差しのべるべきではないかということであります。いや、自分が救われてから、他を救うという考えは、利己主義といってよいかもしれない。そういう考え方をする人に限って、いつまで経っても、自分の修行だけに明け暮れている場合が多い。

 

己の魂修行と、愛の実践やユートピア建設は、並行して行っていくものではないだろうか?たとえ己が救われていなくても、周囲の人々に、何かお役に立てることがあるのではないだろうか。そうした愛行自体が、また己の魂を磨くものではないだろうか。魂修行と愛行は、両輪の関係なのだと思うのです。

 

このように私たちは、常に「私的幸福」と「公的幸福」という二つの観点から、幸福というものを追求していく必要がある。これを忘れて、己の幸せのみを追い求め続けているようでは、「心行」の本当の精神を理解しているとは言い難いと思います。 ともかく、自分が悟って、その悟りの喜びを独り占めしているような姿は、本当の悟りには、ほど遠いということを知るべきだと思います。

 

「悟り」と「愛」の二刀流です。これが、「心行」の精神だということを、絶対に忘れないで欲しいです。こうした根本精神に常に立ち返ることは、非常に大切なことなのです。

 

では、心と肉体の相関関係から人間の生き方について考えてみましょう。肉体の快楽を、幸せと感じて、それを求め、貪る生き方を「快楽主義」といいます。この生き方が本当に「幸せ」に至るのか?というと答えはノーであります。

 

物質的な快楽は、一時的な満足を与えてくれますが、永続するものではない。しかも、欲望は増大していくのです。たとえば、最初は一杯のお酒でいい気分だったのに、それが二杯、三杯でなければ、酔えなくなってくるのです。

 

どんなにおいしい料理でも、何回も食べていると、普通の味に思えてくる。するとまた、もっとおいしいものを食べたくなる。このように、欲望にはキリがないのです。これは「貪欲」という煩悩であります。苦しみの原因です。だから「快楽主義」では決して、本当の幸せにいたることができないのです。

 

では、肉体的快楽を追求しても「本当の幸せ」にいたれないのなら、その逆を行けばよいのだろうか?肉体を痛めつけてやれば、悟れるのではないか?これは「苦行主義」ですね。「快楽主義」の正反対です。しかし、病気の苦痛でのた打ち回っているときや、餓死寸前の状態の人が、本当に「幸せ」感じているでしょうか?心身は一如であって、肉体が苦しめば、心も苦しむのです。「苦行主義」もまた、「本当の幸せ」に至る道ではないのです。

 

本当の幸せは、そうした苦楽の両極端にはなくて、不苦不楽の中道にあるのです。極端な苦しみも極端な快楽も、悟りを生み出す根本ではない。苦楽の両極端を捨てて、中道の生活をすること。すなわち八正道の生き方です。そして自己保存・自我我欲の煩悩を滅し尽くすことである。そうしたら、どうなるか?

 

 

かくの如き 正法の生活のなかにこそ 神仏の光明を得 迷いの岸より悟りの彼岸に到達するものなり

このときに 神仏の心と己の心が調和され、心に安らぎを生ぜん

心は光明の世界に入り、三昧の境涯に到達せん

 

「心行」には、このように書かれています。三昧の境涯に到達すると。三昧の境涯とは、いかなるものだろうか?これは、正道成就のできていない我々には、ハッキリとは、わからないものであります。一般的には、乱れのない静かな心の状態のことらしい。

 

しかし、「心行」でいう三昧の境涯は、おそらく「阿羅漢」の悟りの段階だと考えられるから、想念帯が破れて、守護霊・指導霊と直接に対話できるような状態、この世とあの世を自由に行き来できる状態を意味すると思われます。まさに至高の体験です。

 

以上で、心行編は、終了です。かなり大雑把ですが、一通り説明が終わりました。「八正道」に関しては、一般的な解釈を参考にしたので、信次先生の「八正道」とは、弱冠、趣が異なっていると思います。なぜ、そんな勝手なことをしたのか?理由は、できるだけ簡単に表現したほうが良いと思ったからです。

 

僕自身が「正道成就」していないのですよね。それは、「八正道」をキチンと実践できていないからに他なりません。わかっていない人間が、どうして、他の人に説明することができるでしょうか?

 

で、悩んだ結果、自分にもわかる「八正道」を紹介することにしました。ものすごく端折っています(^^;。何事も段階を踏んでいったほうがよいと思うので、思いっきり簡単にしています。本格的に学びたいかたは、高橋信次先生の著書を熟読されるとよいと思います。また、オーソドックスな解釈も参考にしたほうが、理解が深まると思います。

 

他にも、いろいろ書いてみたかったこともあるのですが、どうしても噛み砕くことができなくて、断念した部分がたくさん残っています。そうした部分は、今後の宿題として、自分の中であたためていきたいと思っています。

 

 

      心行(しんぎょう)

 

心行は、宇宙の神理、人間の心を、言霊によって表現したものである。それ故、心行は拝むものでも、暗記するものでもなく、これを理解し、行うものである。正法は、実践のなかにこそ、生命が宿ることを知れ。

 

われ今見聞し、正法に帰依することを得たり。

広大なる宇宙体は、万生万物の根元にして、万生万物相互の作用により、転生輪廻の法に従う。

宇宙大自然界に意識あり。

意識は大宇宙体を支配し、万生万物をして調和の姿を示さん。

万生万物は、広大無辺な大慈悲なり。

大宇宙体は意識の当体にして、意識の中心は心なり。

心は、慈悲と愛の塊りにして、当体意識は不二なることを悟るべし。

この大意識こそ、大宇宙大神霊・仏なるべし。

仏なるがゆえに、当体は大神体なり。

この現象界における太陽系は、大宇宙体の小さな諸器官の一つにすぎず、地球は小さな細胞体なることを知るべし。

当体の細胞なるがゆえに、細胞に意識あり。

かくの如く、万物すべて生命にして、エネルギーの塊りなることを悟るべし。

大宇宙体は、大神体なるがゆえに、この現象界の地球も神体なり。

神体なるがゆえに、大神殿なるべし。

大神殿は万生魂の修行所なり。

諸々の諸霊、皆ここに集まれり。

諸霊の輪廻は三世の流転、この現象界で己の魂を磨き、神意に添った仏国土・ユートピアを建設せんがためなり。

さらに、宇宙体万生が、神意にかなう調和のとれた世界を建設せんがため、己の魂を修行せることを悟るべし。

過去世、現世、来世の三世は、生命流転の過程にして、永久に不変なることを知るべし。

過去世は己が修行せし、前世、すなわち、過ぎ去りし実在界と現象界の世界なり。

現世は生命・物質不二の現象界、この世界のことなり。

熱・光・環境一切をふくめて、エネルギーの塊りにして、われら生命意識の修行所なり。

神仏より与えられし、慈悲と愛の環境なることを感謝すべし。

来世は次元の異なる世界にして、現象界の肉体を去りし諸霊の世界なり。

意識の調和度により、段階あり。

この段階は、神仏の心と己の心の調和度による光の量の区域なり。

神仏を表裏一体の諸霊は、光明に満ち、実在の世界にあって、諸々の諸霊を善導する光の天使なり。

光の天使、すなわち諸如来、諸菩薩のことなり。

この現象界は、神仏より、一切の権限を光の天使に委ねしところなり。

光の天使は、慈悲と愛の塊りにして、あの世、この世の諸霊を導かん。

さらに、諸天善神あり。

諸々の諸霊を一切の魔より守り、正しき衆生を擁護せん。

肉体を有する現世の天使は、諸々の衆生に正法神理を説き、調和の光明へ導かん。

この現象界におけるわれらは、過去世において、己が望み両親より与えられし肉体という舟に乗り、人生航路の海原へ、己の意識・魂を磨き、神意の仏国土を造らんがため、生まれ出たることを悟るべし。

肉体の支配者は、己の意識なり。

己の意識の中心は心なり。

心は実在の世界に通じ、己の守護・指導霊が、常に善導せることを忘れるべからず。

善導せるがために、己の心は、己自身に忠実なることを知るべし。

しかるに諸々の衆生は、己の肉体に、意識、心が支配され、己が前世の約束を忘れ、自己保存、自我我欲に明け暮れて、己の心の魔に支配され、神意に反しこの現象界を過ぎ行かん。

又、生老病死の苦しみを受け、己の本性も忘れ去るものなり。

その原因は煩悩なり。煩悩は、眼・耳・鼻・舌・身・意の六根が根元なり。

根の調和は、常に中道を根本として、己の正しい心に問うことなり。

己の正しい心に問うことは、反省にして、反省の心は、己の魂が浄化されることを悟るべし。

己自身は孤独に非ず、意識のなかに、己に関連せし守護・指導霊の存在を知るべし。

守護・指導霊に感謝し、さらに反省は、己の守護・指導霊の導きを受けることを知るべし。

 

六根あるがゆえに、己が悟れば、菩提と化すことを悟るべし。

神仏の大慈悲に感謝し、万生相互の調和の心が、神意なることを悟るべし。

肉体先祖に報恩供養の心を忘れず、両親に対しては、孝養を尽くすべし。

心身を調和し、常に健全な生活をし、平和な環境を造るべし。

肉体保存のエネルギー源は、万生をふくめ、動物・植物・鉱物なり。

このエネルギー源に感謝の心を忘れず、日々の生活のなかにおいて、己の魂を修行すべし。

己の心、意識のエネルギー源は、調和のとれた日々の生活のなかに、神仏より与えられることを悟るべし。

己の肉体が苦しめば、心悩乱し、わが身楽なれば、情欲に愛着す。

苦楽はともに、正道成就の根本にあらず。

苦楽の両極を捨て、中道に入り、自己保存、自我我欲の煩悩を捨てるべし。

一切の諸現象に対し、正しく見、正しく思い、正しく語り、正しく仕事をなし、正しく生き、正しく道に精進し、正しく念じ、正しく定に入るべし。

かくの如き正法の生活のなかにこそ、神仏の光明を得、迷いの岸より悟りの彼岸に到達するものなり。

このときに、神仏の心と己の心が調和され、心に安らぎえを生ぜん。

心は光明の世界に入り、三昧の境涯に到達せん。

(この諸説は末法万年の神理なることを悟り日々の生活の師とすべし)

(「心の原点」高橋信次著P337~342)

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