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天之御中主之神 00084

>メインページへ 20060317 00084

天之御中主之神

 

 

神理のスポットライト

 

 

天之御中主之神(あめのみなかぬしのかみ)は、我が日本神道の最高指導霊だそうです。神秘の神様(※もちろん人格神ですが)で、過去世についても明かされていません。約三千年前、この日本に生まれた人で、天皇家の肉体先祖にあたる方だそうです。こうした情報は、霊界通信によって、初めて明らかにされたものです。

 

九次元世界と八次元世界の境目の辺りを「太陽界」と言って、そこは、もうほとんど九次元と変わらないような霊域だそうです。七大天使たち、ギリシャ哲学のソクラテスやプラトン、中国の老子、そして、日本神道の天之御中主之神、伊邪那岐大神、こうした人たちの住む世界です。この世界の住民は約20名といわれています。九次元宇宙界(※10名)と太陽界(※約20名)は、人類の指導者たちを指導する人たちであります。

 

我が日本は、天之御中主之神の影響下にあるのです。これは非常に恵まれていると思います。神の七色光線でいうと、孔子の紫色です。秩序と礼節を重んじる光線であります。今の日本の悲劇的状況は、日本人本来の姿を見失ってしまったことに原因があるのです。日本人は、やはり日本神道の教えを軽んじてはいけないのです。ローカル宗教として軽く見る人もいますが、それは単なる認識不足であります。本当は非常に高いレベルの教えなのです。

 

いま日の本の大国に

神という神 集われて

地球の不浄を一掃し

金剛石の星とせん

(P32より)

 

歴史の流れを見ていると、ある地域の全体的なレベルが、他の地域と比べて異常に突出していることがあることに気がつきます。たとえば、何百年か前、スペインとかポルトガルは、ものすごい勢いがありました。しかし、今はどうでしょうか?ソクラテスの頃のギリシャ。なぜあんなに頭のいい人たちが、あの時期のギリシャに集まったのか?今のギリシャは、どうでしょうか?

 

現代は、アメリカの時代です。しかし、これもやがて過ぎ去っていくのです。こうした流れというのは、地上の人間だけの力では、どうすることもできないものなのです。もし人間心でできるのなら、今もスペインやポルトガルが、世界一の国であり続けているでしょう。では、何が原因で、世界の中心国は、流転していくのでしょうか?一言でいうならば「神の計画」であります。こうした超大国の治乱興亡の背景には、天上界の計画があったのです。

 

つまり、ある時期のある地域に、集中的に「光の天使」が生まれ変わっていくのですね。だからその地域のレベルが異常に突出していくのです。決して偶然ではないのです。天上界の計画なのです。神理の光が、その時代その地域を照らせば、その地域が異常な盛り上がりを見せるということです。神理のスポットライトが当たるのですね。しかしやがてスポットライトは別のところに移っていくのであります。

 

2500年前のギリシャには、ソクラテス級の哲学者が数名、それに続く哲学者がゴロゴロしていた。それから2000年以上経ったけれど、一人としてソクラテス級の哲学者がギリシャからあらわれていません。偶然に、哲学者があらわれるのならば、一人ぐらい凄い哲学者がギリシャからあらわれてもおかしくはないと思いますが、実際は、もうギリシャからはあらわれなかった。これは偶然じゃないのですね。スポットライトが別の場所を照らすようになったからなのであります。

 

偉大な「光の天使」というのは、天上界の大きな計画によって、この地上に降りてくるものなのです。大指導霊とその系統の光の天使が、一挙にある時代のある地域に降下していきます。だから、その地域が異常に盛り上がるのです。そして、それが今の日本であるということなのです。もちろん、やがて、その勢いは、また別の場所に移っていきます。予言では、東南アジア方面に神理の光は受け継がれていくだろうということです。しかし、今は日本なのです。これは2500年前からすでに決められていたことだそうです。

 

手前味噌ですが、実際、今の日本にはすべてのものが集結しているように感じます。日本は東西の文明の融合する場所だったのですね。物質文明と精神文明を統一止揚して、本当のユートピアを建設するために選ばれた地が、我が日本だったのです。それは、歴史の流れを見ていても、洞察力のある人ならば、読み取ることができると思います。江戸時代の頃から、それは着々と進められていた。いや実際は、おそらく天之御中主之神が、日本にあらわれるもっと以前から、計画があったはずです。

 

しかし、それが、劇的な動きとなってきたのは、江戸時代の末期です。世界情勢は、風雲急を告げていました。日本には、以後、綺羅星のごとく「光の天使」たちが送り込まれているのです。それは現在進行形です。明治維新の志士たち。彼らは、世界史の英雄達と比べても、まったく遜色がありません。

 

宗教家では、キリスト者の内村鑑三、神道系の出口王仁三郎、谷口雅春、仏教系では高橋信次、こうした人たちは単なる一宗教の指導者ではありません。人類の指導者なのですね。そうした人たちが立て続けにこの日本にあらわれています。

 

経済人では、松下幸之助のような世界的な人物があらわれています。近年は、政治の世界より、経済界のほうに人材が流れていったようです。こんなアジアの片隅のちっぽけな島国、山ばかりで資源も何もない日本が、なぜ世界で一、二を争う経済大国になったのか。それは、それだけのことを成し遂げる力を持った優秀な人物が生まれ出てきているからなのです。

 

この小さな島国が、なぜこれほどまでに繁栄しているのか?なぜこれほど優秀な人材が集まるのか?これは、偶然ではないのです。今は、一つの文明の集大成の時期なのです。その中心となるのがこの日本なのです。ま、こうした見解は、我田引水的な気もしますが・・・・・・。ともかく霊的な次元で見た時、今、神理のスポットライトは、日本という地を照らしているそうです。

 

 

日本と神道について

 

 

お隣の中国は「易姓革命(えきせいかくめい)」です。向こうでは、天子というのは、天によって選ばれた者だと考えていたそうです。そして君主交代は、基本的には禅譲なのですね。禅譲とは、世襲制ではないということです。立派な人から立派な人へとバトンタッチされていくのです。もし、天子が悪の道に走ってしまった場合は、別の有徳者が、今の天子を討ち倒して、新しい王朝を創始することが許されている。それも天命であるという考えです。これが「易姓革命」です。

 

これに対して、我が日本の皇室は、「万世一系(ばんせいっけい)」であります。ま、天皇は、世襲制だということです。今の時代の感覚からいうと、どうでしょうか?世襲制の会社などは、三代目で傾くことが多いそうですね。世襲制よりも、実力のある者に禅譲していくほうが、会社の将来にとってはよい、という考えが、主流になっていると思います。仏教なんかも世襲制じゃないのですね。仏教は、禅譲です。「頂から頂へ」という考え方です。衣鉢は、悟った者から悟った者へと受け継がれていくものだったのです。

 

でも、どちらがよいとは一概に言えないのです。天皇家というのは、要するに、日本国の宗家ですね。本家とか分家といいますよね。宗家とは、本家の中の本家だという意味です。天皇は親で、国民は赤子である。つまり日本は家族国家なのですね。誰でも、親にお世話になってきたから、頭が上がりません。親もその親には頭が上がりません。結局日本人は、全員、天皇陛下には頭が上がらない。天皇は、親の親の親の・・・・親、究極の親なのです。だから、本当に親への感謝を知る人は、先祖に感謝しているし、天皇陛下に感謝しています。これが筋なのです。

 

だから、天皇や日本をバカにするということは、自分の親や先祖をバカにすることなのです。そして、そうした思いを抱く人たちは、結局、自分たち自身の子供たちから、バカにされることになります。因果応報の理であります。天皇を敬愛し、日本を誇りに思う人たちは、親を大切にし、先祖を敬います。当然、そうした親の背中を見て育った子供も、国を愛し、先祖を誇りに思い、親を大切にするのです。これは「正法」では、当然の考え方です。

 

こうしたことを考えてみると、「易姓革命」がよいのか、「万世一系」がよいのか、分からなくなってくるのです。ただ、日本に生まれた以上は、日本が親です。日本人でありながら、この国を憎み、暴力革命で転覆させようとするような人々の心は、相当歪んでいるといわざるを得ないと思います。

 

神道とは何か?神道の頂点は、天皇陛下であります。祭司の長であります(^^;。しかし、信者を縛ろうとはしません。また、お金集めもしません。大神殿もつくりません。すばらしいです。

 

神道の神様は? 神道は、この地球自体を神様の体だと考えている。山川草木国土、すべてに神が宿っている。木の葉一枚にも神を感じる。海の神様に山の神様、風の神様に雷の神様。神様がいたるところにいらっしゃる(^^;。多神教ですね。キリスト教のような一神教を進んだ宗教だと考え、神道のような多神教をアニミズムだ、幼稚な宗教だと考える人が多いのですが、それは間違いです。

 

汎神(はんしん)論というのがあります。スピノザという近代の哲学者などは、汎神論だそうです。このように表現すると、何やら、凄く立派な理論のような感じがする。「これは一神教を越えるのではないか」なんて思う人もおられるかもしれません。でも、何のことはない、「神は、細部に宿る。すべては神のあらわれである」、これが汎神論なのです。要するに神道と同じなのですね。

 

一神教と多神教、どちらが正しいかなんていうのは、「神」をどのように定義するかで、変わってくるのです。こうしたことで優劣を競うのは、非常に愚かなことなのです。神道は、決して幼稚なものではありません。神道は、かなり奥が深い。というか、僕には全貌が見えません(^^;。仏教やキリスト教と比べて、劣っているなどと卑下することはまったくないのです。

 

神道は、惟神(かんながら)の道だといいます。「かんながら」とは、神様の御心のままって意味です。人間心で、あれこれと難しくしない。小ざかしいマネをしない。権謀術数を弄さない。素朴で素直。ま、こういうイメージです。そして、そういう心のことを「清明心」といいます。飾らない心です。清き明き直き心、この「清明心」こそが、人間の本来の姿であると考えてきたのです。性善説です。

 

孔子の紫色光線の流れにあるのですが、「かんながら」には、老荘思想的な要素も感じられますね。

 

禊祓(みそぎはらえ)というのは、罪や穢れを取り払うことです。罪も穢れも、「清明心」にかぶったホコリのようなものだと考えているのですね。だから、払ったり、水で流したりすると、また本来の「清明心」があらわれてくる。そして罪も穢れも消えてしまう。ま、非常に楽観的な考え方だったようです。もちろん、禊祓は、あくまでも形式でありますから、本当は、反省しないかぎり、「清明心」を取り戻すことはできません。

 

心から反省して、神に許しを請えば、罪も穢れもすべて消えて、本当の姿である「清明心」があらわれる。光り輝くその姿こそが、本来の「神の子・人間」の姿なのだ。ダイヤモンドであっても、汚れていては、輝くことができない。しかし、汚れを拭い去れば、光り輝くのだ。人間はダイヤモンドなのだ。これが、神道の考え方だと思います。だから正法なのですね。

 

禊祓という形式だけを見れば、「なんと都合のいい宗教なんだ」と思います。しかしそれは「反省」という心の作業を、形として表現しているのです。禊祓を通して、「反省」を促しているのですね。そして、反省したかぎりは、もう罪は穢れも、払われたのだから、過去は忘れて「今」この瞬間を前向きに生きていきなさい。ま、こんな感じでしょうか。

 

人間とは弱いものです。反省しても、反省しても、許されたような気がしない。そして萎縮していき、生きる力を失っていく。かつての罪を、すべて背中に背負って、押しつぶされそうです。しかもその上、未来の不幸を思い描き、不安と恐怖で胸をいっぱいにしているのです。「持ち越し苦労」と「取り越し苦労」、これが人間の最大の敵なのです。

 

こうした不安や恐怖から人間を解放するには、個々人で反省しているだけでは、どうしてもパワーが足りないのですね。そこで権威のある人が「禊祓をした以上、もうあなたは許されたのだ。さあ、過去は過ぎ去った。今あるのは今だけだ。今この瞬間に集中することだ。さすれば、必ず運命は好転していくだろう」と断定してあげると、人は救われていくのです。こうした「権威ある言葉の力」というのは非常に大切だと思う。

 

イエス様や天之御中主之神は、こうした言霊によって、呪縛された人々の心を開放して行ったようです。私たちが同じ言葉を語っても駄目なのですね。「言葉」というのは、発した人の光の量に応じた力を持つようです。だから、凡人である私たちが、いくらご大層な言葉を発しても、その言葉は現実化していかない。しかし、天之御中主之神のような人の言葉には、すさまじいパワーが秘められているのです。

 

その代理が、ま、神主さんであったり、教祖さんであります。そうした代理の人の言葉によって、人々は不安や恐怖から開放されて行くのです。ところが、今の時代は、末法の時代で、神の代理人たちは、言葉の力で人を不自由にしていくのです。人を縛り上げて行く。恐ろしい時代であります。

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大和春道撰寫:
さらんさん、コメントありがとう(^^)。
 
僕も同じですよ(^^;。古傷が痛みます。そんなこと忘れて、明るく前向きにって思っても、どうしようもない時があります。
 
僕の書いていることが、さらんさんを苦しめているのなら、どうか許してくださいね。気にすることなんかないのです。人には、その時々の状況がありますからね・・・。真理はひとつでも、そこにいたる道は、無数にあって、一人ひとり異なっていいんだよ、さらんさん。
 
僕は、心が砕けてしまった人間なのです。もう昔にね(^^;。けど、少しずつ癒されたり、、また傷ついたりしながら、少しずつ少しずつ歩いてきた。今も痛くてうずくまりそうだけどね。だから、苦しんでいる人の気持ち、少しわかる。それで、自分自身が救われた言葉とかを紹介したいなって、気持ちもあるんだ。
 
できるだけ、いろんな角度から紹介したいなって思ってる。いろんな可能性を信じたいの。だから、さらんさんの心が少しでも軽くなるように、今度はまた違った角度から何か書いてみようと思った。ゆっくり行こう!(^^)。これがキーワードだったりして。
 
3 月 19 日
♡さらん♡撰寫:
>禊祓をした以上、もうあなたは許されたのだ。さあ、過去は過ぎ去った。今あるのは今だけだ。今この瞬間に集中することだ。さすれば、必ず運命は好転していくだろう
 
 
 
大和さん、ごめんね・・・
まだまだ足りないのです。私には・・・
 
許して下さい。
お願いします・・・
3 月 18 日

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