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文明史 その1―アカシック・レコードより― 00108>メインページへ 20060503 00108 文明史 その1
「太陽の法」第5章「黄金の時代」は、記録に残っていない人類の歴史について書かれている。なぜ、そんなことを書くことができるのか? この世の記録には、残っていなくても、あの世の「アーカーシャーの記録(※アカシック・レコード)」には、すべてが残されているのです。人類三億六千万年の歴史のすべてが残されているのであります。
第5章においては、現在および、未来社会を考えるための材料として、ここ百万年ぐらいの記録から、重要なものがピック・アップされているようです。
これから説明することは、おそらく、おとぎ話のように感じることと思います。無理に信じる必要はないのです。いたずらに、こうした文明史に興味を持ち、のめり込むことは、魂の修行という観点から見たとき、むしろ害になる場合もあるのです。
かといって、無理に目をそむける必要もないと思います。「ああ、こういう話もあるかもね」ぐらいの気持ちで、最初は接してみるのがよいと思うのです。
一番愚かなのは、「検証だ、検証だ」といって、無駄な時間を過ごすことです。予言などの、こうしたアカシックレコードに関することを、三次元的な視点だけで判断しようとするのは、時間の無駄なのです。それだけは、避けたほうがよいと思います。大切なのは、歴史に学ぶという気持ちです。文明が、どのように起こり、衰退していくのか?この流れを知り、そこから教訓をつかみとることだと思うのです。
それでは、秘められていた歴史について、順を追って、説明して行きたいと思います。
ゴンダアナ文明
アフリカ大陸と南米大陸ですが、もともとは、地続きで、一つの大陸でありました。それがゴンダアナ大陸です。今から73万5000年前、ゴンダアナ大陸に地殻変動が起こり、分裂、移動してアフリカ大陸と南米大陸にわかれたのです。
ゴンダアナ大陸は、今から96万2000年前、現在の大西洋上(?)に、海底が隆起してできあがりました。大陸の分裂までの間、ゴンダアナ大陸には、四つの文明が起こっては滅びて行きました。ここで紹介するのは、ゴンダアナ大陸最後の文明についてです。これを、ゴンダアナ文明と呼ぶことにしましょう。
ゴンダアナ文明は、76万年前から73万5000年前までの間の、約2万5000年間栄えました。この文明は、「超能力」を中心とする文明でありました。
当時の人びとの身長は、男性で平均2メートル10センチ、女性で平均1メートル80センチ。男性には、ひたいの中央に「第三の目」が、ありました。超能力を発揮する時に、この目が開いたようです。女性には、第三の目が無く、隷属的地位に甘んじていました。
しかし、次のような神話があったようです。
女性の子宮は、超能力器官だったのです。子宮という器官によって、天上界にいる子供となるべき霊と、交信をして、合意した上で、子供を身に宿していたのです。従って、現代のような人口流産はありえませんでした。
この時代、八つの民族が存在していて、戦争を繰返していたようです。男性の第三の眼の力は、主に戦争に勝つために、あるいは、外敵から身を守るために、使用されていたようです。
この時代の神理には「心」の教えがありませんでした。彼らの修行は、超能力をより強力なものにするためのものだったのです。霊界の「仙人界」「天狗界」「魔術界(西洋の仙人界)」は、ゴンダアナ文明の人びとが、創りあげていったものなのです。
ミュートラム文明
今から、約73万5000年前、大きな地殻変動によって、ゴンダアナ大陸が分裂を始めました。まず、地鳴りとともに、大都市エカーナの中心に、南北に亀裂が走りました。見る見るうちに大地は、東西に引き裂かれ、海水が断層に入り込み始めました。
その後、マグニチュード10ぐらいの直下型大地震で、エカーナの住民は全滅。また、ゴンダアナ文明も崩壊してしまいました。ゴンダアナ大陸南東部の都市エルミナに住んでいたエルミナ族の一部は、危険を予知して、南方の無人の新大陸に逃れました。
この新大陸がミュートラム大陸です。現在の南極大陸と八割まで重なっています。この地に逃れたエミルナ族の人びとは、優秀な人材と文明の道具を失ってしまった結果、やがて、単純な農耕民族となっていきました。第三の眼も退化してしまったようです。こうした、地殻変動などによる民族の移動が、ノアの箱舟の原型になっていきました。
さて、ミュートラム文明の頃と現在では、地軸の位置が異なっていました。当時の南極は、温暖な地域だったのです。そこでは、農耕中心の文明が築かれたのです。それが、今から30万年前から15万3000年前頃まで栄えたミュートラム文明です。
特に発達したのは、「食生活文明」です。食生活と人間の気質の関係などが、深く研究されたようです。ゴンダアナ文明は、好戦的でしたが、霊能力を重視していました。ミュートラム文明は、平和的ですが、霊的なことを軽視する傾向にありました。唯物思想の走りです。この文明においても、魂の修行ということがおろそかにされてしまったようです。
健康食や美容食に、やたらと興味のある方は、かつてこの文明において、そうした研究をしていたのかもしれません(^^;。
今から16万年前、ミュートラム文明の最盛期に、エミューラ大師(※モーゼの生命体)が活躍しています。エミューラ大師は、「食生活から心の生活へ」というスローガンを掲げ、一大精神革命を起しました。しかし、伝統にしがみ付く人びとから、相当な迫害を受けて、結局、革命は挫折しました。唯物思想と闘う預言者、あるいは現代宗教の走りであったといえます。
今から15万3000年前のある日、突然の極移動(※ポール・シフト)によって、ミュートラム大陸は、現在の南極にあたる場所に移動してしまいました。そして、やがて氷に覆われていきます。
これが氷河期のはじまりでもありました。ミューラム文明の遺跡が、南極大陸の分厚い氷の下に、今も埋もれているはずであります。
レムリア文明
ミュートラム文明の一部の人々は、インド洋上の島に逃れました。日本列島の二倍ぐらいの面積の島です。ここにミュートラム文明は引き継がれていきました。
今から8万6千年前、地殻変動で、海底が浮上して、わずか一年余りで、この島は、巨大な大陸となりました。これがレムリア大陸です。東西3500キロ、南北4700キロのひし形の大陸だったようです。
レムリア文明では、マヌとゼウスの影響力が強く働いていました。よって当然のごとく、レムリア文明は「感性」を重視した文明となりました。
今から4万4千年前、芸術の天才エレマリア(※ゼウスの生命体)が生まれました。文学、美術、音楽など、芸術面で万能の天才です。全知全能の神とも崇められていたようです。エレマリアという名は、「エル・レムリア」、すなわち「レムリアに降りたる神の光」というのが、由来となっています。大聖エレマリアは、芸術を通して、人びとに生きるよろこびと、神の栄光を伝えました。
文学、音楽、美術などの芸術を通して、神に近づいていくこともできるのですね。学問や宗教だけが、神の道ではないのです。芸術もまた、神の光なのです。修道士や修行僧だけが修行しているわけではないのです。
音楽やダンスを大いに楽しむことで、神様に近づいていくことができるのです。人生を大いに楽しむ。自然の美を謳歌し、その感動を詩や絵や音楽を通して、自由に表現する。よく笑い、よく遊び、底抜けに朗らかで・・・・・・。天国とは、そうした世界なのです。この世で天国的に生きた人は、死後、天国に帰っていくのです。 現代の優れた芸術家の方がたは、おそらく、レムリアの時代に学ばれた方がただと思います。
さて、今から2万9000年前、マヌが、レムリアの地に降下します。地上での名は、マルガリット。マルガリットとは、「競いたてる者」という意味です。これには二つの意味があります。
まず、「大聖エレマリアに匹敵する偉大な人物」、という意味です。第二には、「芸術を通して各部族を競わせていた」、という意味です。マヌは、競争の原理によって、人びとを向上させようとしたのです。
芸術で競わせ、最優秀の部族を、三年間支配者階級としたのです。公平に競った結果、支配者階級を決めるのですから、これはある意味、現代の民主主義の先駆けともいえるものです。
また、大師マルガリットは、「芸術の究極には神がいる」ということを説いていました。芸術的に優れている民族こそ、より神に近いという発想ですね。神近き人びとの政治、すなわち神政です。祭政一致を目指していたのです。
今から2万7000年前のある日、地殻変動によって、レムリア文明も、あっけなく海の藻屑となります。わずか二日間で、大陸のすべてが完全に水没してしまったのです。善人悪人関係なく、250万人の民全員が、海に消えてしまいました。
ムー文明
さて、レムリア大陸は、あっけなく沈没してしまいました。しかし文明は救われました。太平洋上のムー大陸に、レムリアの人々の、植民地があったのです。レムリアの文化は、ムー人に深く浸透していたのです。
ムー大陸は、今から37万年前ごろに、海上に姿をあらわしていました。人びとも、何十万年も昔から住んでいたのですが、いわゆる「未開の地」的な存在だったのです。約2万8000年前から、レムリアの人びとが、ムー大陸を植民地化し始めたのです。
そして、ムーの人びとが、レムリアに奴隷として連れてこられたのです。レムリアの人びとは、ムー人の奴隷を働かせて、自分たちは、芸術に酔いしれていたのです。こうした不調和が、悪想念の雲となって、レムリア大陸を覆っていったのです。そして天変地異という反作用を引き起こしたのです。
レムリア文明は滅びたけれど、植民地の時代、ムー人たちは、レムリアの文化を受け継いでいました。そして、徐々にムー大陸にも文明のきざしが見えてきたのです。ムー文明では、エル・ランティとエル・カンターレの力が、ずいぶん影響していたようです。
さて、今から約2万年前、大聖エスカレント(※ゾロアスターの生命体)が、ムー大陸で活躍します。彼は、太陽を重視した教えを説いたようです。太陽の光を、神の栄光をあらわす「聖なるもの」、そして「有用なるもの」と考えました。
「光」は「聖なるもの」なので、光源を見ると必ず、おじぎをする「しきたり」ができたようです。こうした礼儀作法が、東洋文化の源流になっているようです。環太平洋に住む人々は、非常に似ています。
アンデスの人々、アメリカのインディアン、日本人など、よく似ているのです。これはムー大陸が、源流なのです。日本人の祖先は、色んなところから、やってきたのですが、本流はムーなのです。日本神道系というのはムーが源流となっているのです。
また、「光」は、「有用なるもの」ということで、光パワーの増幅ということが研究されました。太陽の光エネルギーを増幅させて、さまざまなことに利用していったのです。光の増幅装置は、どうやらピラミッド・パワーを利用していたようです。
天上界からは、クート・フーミーとエル・ランティが、大聖エスカレントを指導していました。人類の科学的時代の幕開けといってよいでしょう。
今から約1万7000年前が、ムー文明の最盛期です。それは、ラ・ムー(※釈迦の生命体)の時代です。太陽信仰と太陽科学万能の時代を迎えていました。ラ・ムーとは「ムーの光大王」という意味です。ラ・ムーを天上界から指導していたのは、エル・ランティとイエス・キリストでした。
ラ・ムーの教えの中心は、以下の三点です。
このラ・ムーの教えは、本格的な宗教のはじまりを告げるものでした。
ラ・ムーの時代の政治は、祭政一致です。神近き人が、優秀な政治家として活躍したのです。最高の宗教家が、最高の政治家だということです。
これは、現在の過てる宗教家、政治家たちにとって、非常に重要な言葉です。肝に銘じていただきたい言葉です。
ある宗教家は、最初は、高級神霊の言葉を、神理の言葉として、大切にしていました。しかし、いつのまにか、高級霊の言葉を疎んじるようになり、最後には切り捨ててしまいました。謙虚さを失い、傲慢となっていったのです。原点を忘れてしまったのですね。
さて、ラ・ムー没後は、その妻ラ・メンタスが、ムーを統治しますが、ムーの全盛にもかげりが出てきます。ラ・メンタスは、後のヘラです。ギリシャ神話のゼウスの妻ヘラとして、生まれ変わります。その後、卑弥呼、さらに、中国に生まれ、如意輪観音と呼ばれています。現在にも生まれ変わっているのです。ある宗教団体の女性指導者です。
如来界には、女性が、わずか三名しかいません。ラ・メンタスはその一人です。後の二人とは、日本神道の天照大神とラ・ピュセル、ジャンヌ・ダルクです。梵天界の八次元側の住人であります。
今から約1万5300年前、このムー大陸も海中に没していきました。ムー人の一部は、船で北上して、ベトナム人、中国人、日本人の源流に。東に逃げた人々は南米のアンデスに。大西洋のアトランティス大陸に逃れていった人びともいたようです。 评论 (2)
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