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大地を枕に元気ですか?僕は元気です 「神仙の人」ノート その39>メインページへ 20091129 「神仙の人」ノート その39
贖罪
昭和55年に起こった内紛・・・・・・、世にいう“第三次大本事件”のことである。この事件で、結局、大本は三派に分裂してしまう。それぞれの派閥にそれぞれの言い分があって、どの派閥が正しいのか、部外者の僕にはよく分からない(^^;。
昭和13年の三浦博士の診断によると、日出麿師の症状は精神分裂症(※統合失調症)ということだった。しかし、照明館での日出麿師の行状や身体をみていたある医師は、精神分裂症ではないと思ったようだ。
また、精神科医の権威といわれる斉藤寅吉博士は、日出麿師の染筆を見て、「分裂症にはこれは書けません」と言った。
側近の質問に対して日出麿師は、「憑霊は憑霊だが、自覚ある憑霊だ」と答えている。日出麿師自身、“交霊”現象が悪霊の憑依現象であることを自覚していたということである。
悪霊たちの罪をあがなうために、あえて彼らを憑依させて、彼らの代わりに自分が苦しむ。そして彼らの罪を帳消しにする・・・・・・
正法では“自業自得(じごうじとく)”といって、「自分で播いた種は、自分で刈り取らなければならない」と考える。要するに”自己責任の原則”を強調しています。
だから正法を学んだ人は、「自己責任が原則ではないか? 悪霊たちの罪を日出麿師が身代わりになって償うことなんてできないのではないか?」と考えてしまう。
この疑問については以前にも説明しましたが、もう一度簡単に説明しておきたいと思います。 たとえば、ギャンブル好きのCさんが、借金が雪だるま式に増えてしまって、とうとう首が回らなくなって、死ぬほど苦しい思いをしていたとします。
正法的に見れば、「借金をしたのはCさんだから、借金で苦しむのは自業自得である。この苦しみから逃れる方法は、Cさんが借金を返済すればよいのである」・・・・・・、ということになる(^^;。
本当にやさしい人ならば、かわいそうに思って、借金を肩代わりしてやることだろう。つまり、日出麿師のやっていることは、それと同じだということ。他人の借金を肩代わりして、自分が借金で苦しむ・・・・・・、こういうことを霊的に行なっているということなのです。
口先だけの正法者よりも、遥かに神様の御心に近いと思います。
借金を肩代わりすれば、Cさんは一時的に救われるだろう。しかし、「ギャンブル好き」な性格がそのままならば、やがてまた借金で首が回らなくなってしまうことだろう。肩代わりするだけでは、本当の救いとは言えないのだ。
本当の救いは、「ギャンブル好き」な“心の傾向性”を改めるところまで行かなければならない。反省して心を入れ替えることである。これだけはCさんが自身自身でやるしかないのであります。己の心の改革をするのは、他の誰でもなく、自分自身なのだ。こればかりは、たとえ日出麿師であろうがイエス様であろうが、絶対に肩代わりしてやることはできないのです。
このように”贖罪”と”カルマの解消”は、”他力”と”自力”の問題でありまして、どちらか一方だけでは、本当の救いとはならない。自力と他力が組み合って、はじめて本当に救われるのだということをゆめゆめ忘れてはならないと思います。
正法に不思議なし
さて、日出麿師は、一切の係累を断ち切って非情の世界に没入し、このような尊い仕事をやっていたわけですが(※実際のところ、本当にそうなのかどうかは分かりませんが(^^;)、
なかなか味わい深い言葉です。
「正法に不思議なし」と申します。これには二つの意味があると思う。 一つは、「不思議に思える奇跡現象も、神様の定めた法則に基づいて起こっているのだ。今の科学では解明されていないだけで、本当は不思議でもなんでもないのだ」という意味。
二つ目は、「正法は、日常生活の中で実践するもの。当たり前の生活が正法の生活なのだ。超能力とか魔術とか秘法とか、そういう突飛なものは、正法の生活にはまったく必要のないものなのである」という意味。我々は、この二つ目の意味での「正法に不思議なし」の心境を目指さなければならないと思う。
霊的能力や魔術を利用して、うまく立ち回って、それで一体何になる? 得するだけじゃないか。楽できるだけじゃないか。テストの答えを透視して満点を取って、良い大学に入って、良い会社に入って、位人臣を極めて、それで一体何になる? 心は磨けたか? 豊かになったか?
こう考えてみると、「霊的能力の濫用は、魂修行の邪魔をする」と思わざるを得ないのです。我々は、楽して、得して、出世して、わが世の春を謳歌するために生まれてきたわけじゃない。一言で言うならば、神様の御心を行なうために生まれてきたのであります。その努力の積み重ねが、魂を向上させ、地上をユートピア化していくと思うのです。
霊的能力でカンニングして、うまく立ち回るなんて行為は、自己保存・自我我欲の最たるものであり、人生の目的と使命という観点から考えると、本当に情けない行為だと思われるのであります。 マギー・メイ>メインページへ 20091122 マギー・メイ
(^^;。うーん、確かにメロディはイマイチかなぁ・・・(僕は大好きですけどね(^^;)。
しかし、このユーチューブの「マギー・メイ」は楽しいねぇ。旧友ロン・ウッド(現・ローリング・ストーンズ)の参加もグレイトだ。曲が途中、「ガソリン・アレイ」に変わるところも泣かせる。お客さんたちも大喜び。
ロック界広しといえども”何をしても許される男”というのはこのお方ぐらいだろう(^^; 色心不二(しきしんふに)>メインページへ 20091122 色心不二(しきしんふに、しきしんふじ)
古来より、唯物論者と唯心論者が論争を繰り広げてきたが、どちらも偏りすぎているのだ。この地上においては、心だけでも、体だけでも、駄目なのであります。心と体の相関関係をありのままに認め、一方に偏らず、両者を調和させることが大切。そういう精神で人生行路を歩むとき、心と体の相乗効果が生み出され、魂が大いに磨かれることになる・・・・・・、これこそが、この世に生まれ出てくる意味であり、”色心不二”という言葉の真意だと思うのです。
ところで、“霊主体従”という言葉があります。これは、心と体の関係の本来のあり方を示す真理の言葉でありまが、一部の人々は字面にとらわれて、“霊主体従”だからということで、心だけを大切にして、肉体を軽視して粗末に扱う傾向にあります。これは大いなる曲解でありまして、この地上界においては、やはり、心と体は五分五分の関係でなければいけません。
たとえば、人間と自動車の関係で考えてみよう。 非常に優秀なドライバーがいるとする。そして、ものすごく性能の低い自動車があるとする。その力関係を見ると、9:1の比率である。
このドライバーがその自動車に乗った場合、生み出される相乗効果は、9×1=9であります。
このように、ドライバーの力量と自動車の性能が五分五分の時、もっとも大きな相乗効果が生まれるのであります。 地上における人間の心と体の関係も、これと同じ関係なのだ。
心も大切にして、体のほうも、心の乗り物として大切にする。心がドライバーで、肉体は車。この両方が不二一体となって人生行路を歩む・・・・・・、これが地上における魂修行の形。ただ、あくまでも主人は心であって、体は乗り物に過ぎない。体とは、心を磨くための道具である。体のために、心があるのではない。心のために、方便として体がある。そういう意味で“霊主体従”ということなのであります。
さて、“色心不二”を哲学的に考えて、「心も肉体も同じものだ」と、一元論的に考えてしまう人たちがいますが、そういうのは知に傾き過ぎている。もし心と肉体が同じものなら、肉体が滅びてしまえば、心も滅びてしまうことになる・・・・・・、そうではないのだ。
この地上には地上のルールがあるであります。心と体が同じものなら、我々は母親から生まれて来る必要などない。あの世からいきなり物質化してくればいいのであります。 でも、それは許されていない。人間はみな、母親から生まれてくるようになっている。魂は、三ヶ月ぐらいの胎児に宿るという仕組みになっているのだ(※たいていの霊界通信がそのように伝えている)。要するに、「心と体は別物である」ということなのだ。
ただし、別物ではあるけれど、ドライバーと自動車の関係と同じで、“不即不離”の関係なのであります。この”不即不離”の関係を、”色心不二”と表現しているだけのことなのだ。
“不即不離”と“不二一体”とでは、言葉としての意味は異なるけれど、そうした言葉の意味の違いに惑わされてはならない。そういう解釈をやり始めると、迷宮に迷い込むことになる。仏教が難解になってしまったのは、簡単なABCを深読みし過ぎるお坊さんたちのせいなのだ。
ペンシルバニアのインテリ紳士の教訓を忘れてはならない。
これと同じようなことをお坊さんたちはやってきた。その結果、仏教はわけが分からなくなってしまったのであります(^^;。 日記風に その2>メインページへ 20091111 日記風に その2
今朝、といっても午前3時前後ごろ、雨音で目が覚めた。豪雨だ。それに風とカミナリ・・・・・・。
朝、ニュースを見ると、記録的な雨だったとのこと。
一応、記録しておくことにしよう。 正法と占い>メインページへ 20091106 正法と占い
よく易を修める者は占わず
儒教経典の『易経』は占いの書
正法では、基本的に「占い」を禁じている。正法は、自助努力を重視する教えだからである。
では、なぜ、正法のあらわれの一つである儒教において、占いの書『易経』が重んじられているのだろうか?
それは、「占い」の原点には、「神意を求める切なる気持ち」があるからであります。こうした切実な気持ちがある時、「占い」は必ずしも正法に反しているとは言えない、と僕は思うのです。
つまりこういうことです。 正法を学んでいれば、
たとえば、分かれ道があるとする。
しかし、正法を学んでいる人でも、どちらの道が正しいのか、どうしても分からない時があると思うのだ。
こんなとき”占い”に必要性が出てくるということなのだ。ギリギリのところまで自助努力で頑張ったけれど、もうにっちもさっちもいかなくなった時、人は”占い”的なものに頼らざるを得なくなってくるということです。それが重要事項であればあるほど、そうなってきます。
特に政治的な決断・・・・・・。古代のエジプト、メソポタミア、ローマ、ゲルマンやケルトの地、中国、また我が日本においても、国の大事を決定するときは”占い”に頼ったという。それが重要なことであればあるほど、人間心で決めるのが恐ろしくなってくるからだろう。
「判断を一歩間違えれば、国が衰退し、多くの民衆が飢え死にするかもしれない」というような時、あなたならどうするだろうか? ホンモノの政治家ならば、何としてでも”神様の御心”を知りたいと思うはずだ。きっと神仏に祈ることだろう。そして神仏からの答えがないとき、卑弥呼のような霊能者にすがることになるだろう。霊言などで”神様の御心”を聞こうとする。あるいは、亀の甲羅を焼いてみたり、易占いにたよったりする・・・・・・。これが「占い」の原点だと思うのです。
だから、”口寄せ”や霊言の類とか、自動書記とか、フーチとか、こっくりさんとか、こういうものは、実は全部”占い”の一種なのです。自分で判断できなくて、他のものに頼ることが”占い”だということであります。
こうなってくると”占い”を否定することはできなくなってくるのではないでしょうか?
儒学を体系化した朱子が次のような意味のことを述べている。
僕は、これはもっともな意見だと思う。正法を学んでいる人は、杓子定規的に”占い”を否定しているけれど、彼らとて、判断に迷うときには教祖に相談したり、神理の書を開いてみたりするのではないか? 自分の心に問い掛ければ、何でもかんでも答えが出るわけでもなかろう。そんなとき、霊能者の霊言に答えを求めたりしてるのではないか? それこそが実は”占い”なのだ。彼らは”占い”をすることをバカにしながら、実は、自分自身も教祖や巫女の”神のお告げ”に頼るという”占い”行為をやっているのであります(^^;。自己撞着もはなはだしいです。
で、結論。
とはいえ、基本的には「”占い”には頼らない!」という気持ちが大切。だから原則、禁止が望ましいと思います。正法をコツコツ学んでいれば、たいていのことは、「どうすべきか?」判断がつくはずです。「自分で考えて、自分で決めて、自分が行なう」・・・・・・、これこそが魂修行の基本だということを忘れてはならないと思います。
占いの注意点
”占い”を行なう時は、必ず、霊界の何者かが干渉してくる。安易な気持ちで”占い”を行なう者には、それ相応の邪霊が干渉してくるということを忘れてはならない。
だから、やむを得ず占う場合、「神様や高級霊や守護・指導霊の言葉を伺うのだ」という真摯な気持ちが大切だと思います。自己保存・自我我欲を満たすために”占い”を利用してはならない。心の針を高級霊界に向けておく必要があるという事。こうした気持ちが大切だと思います。
また、そうした切実な気持ちで真剣に占ったからには、その結果が納得のいかないものであったとしても、「神の言葉」として受け入れなければならない。己が望む答えを聞くまで”占い”続けるようなことをしてはならない。それは冒涜行為にほかなりません。
それと、占ってもらう場合、ホンモノの占い師に占ってもらうべきであります。”不幸の予言者”に引っかかって、運命を狂わされてしまう場合もありますから、本当に注意しなければならないと思います。
ホンモノの占い師とは、正法の教えによって、人を良い方向に導くことができる占い師のこと。
しかし、そんな占い師がいるのだろうか・・・・・・(^^;。ま、できれば占ってもらわないほうが良いと思います(^^;。
昔ある掲示板で、「タロットや易を独習している」と書いて、ひんしゅくを買いましたが、それは”占い”をするために学んでいるのではなくて、神理の学びの材料として学んでいるということです。特に、「易経」は”占い”の書でもありますが、それ以上に、大変優れた人生哲学の書という面があります。古来より東洋の賢者達は『易経』に学んできました。決してバカにできるものではないのであります。
と言っても、僕には難しすぎて、万分の一も理解できていません。参考書として時間をかけてチビチビと片手間に読み続けて、少しずつ理解を深めていけたらなと思っています(^^;。
ちなみに、僕は、安岡正篤師の易関連の本を読んでいて、”易”に目覚めました。それまでは、”易”に関わると”裏の霊界”に引き込まれるのでは?邪霊に魅入られるのでは?、と思い込まされていました(^^;。
手引き書としては、「易」(本田済著)という本が良いのではないかなぁと思います。実はそれ以外に知らなかったりして(^^;。
なぜか急に聴きたくなって>メインページへ 20091106 なぜか急に聴きたくなって
この曲が急に聴きたくなってCD買ってしまいました。 80年代のメナードのCM ↓ 。 いやぁ~、これが始まるとテレビの画面に釘付けになったもんです(^^;。
「神仙の人」ノート その38>メインページへ 20091101 「神仙の人」ノート その38
巨星墜つ!
昭和20年9月8日、敗戦後の混乱のなか第二次大本事件にたいする大審院の判決が下り、治安維持法違反の無罪が確定。また10月17日には、政府が大赦令を出し、”国事犯”、”政治犯”を赦免。これにより”不敬罪”も消滅し、大本を拘束するモノはすべてなくなる。
昭和21年、2月7日、大本は”愛善苑”として再発足。
日出麿、カンデイダ症に苦しむ
王仁三郎亡き後、多忙な二代教主”すみ”をたすけて神務に仕えることとなった直日は亀岡に滞在することが多くなっていた。そういう事情もあり、この病気をきっかけに日出麿師も亀岡に戻ることになった。
昭和26年の節分の前夜、天恩郷に到着した日出麿師は、ただちに、しばらくのあいだ仮寓することになる照明館の二階に上がる。
6月19日、疾病再発。38.5~40度の高熱と咳が七十余日間も続く。その間も日出麿師は正座のままで横にならず。体重は30キロをわる。精密検査の結果、”カンデイダ”菌が原因と判明。
果てしなく続く交霊
二代教主すみの昇天
昭和27年3月31日、二代教主”すみ”昇天。
大きな人だったようだ。戦時下の獄中、食糧難の折である。あの王仁三郎でさえ痩せてしまったというのに、”すみ”は相変わらず太ったままだったという(^^;。いや、そういう意味ではなくて、大らかで明るくて天真爛漫で・・・・・・、といういう意味で。内外から”大地の母”と仰がれていたそうです。
二代教主出口すみ
芸術の才能があり、”すみ”が創案した”草木染鶴山織り”は美術的にも高く評価された。
獄中でのこと。ゴキブリの夫婦が毎夜やってくるので、弁当を少し残しておく。ゴキブリ夫婦はそれを食べてから、”すみ”の膝の上で遊んでから帰ってゆく。ある日から、一匹だけが、さびしそうにやってきて、そしてさびしそうに帰ってゆく。看守に聞いてみると、何日か前に、廊下で一匹踏み殺されていたという。
”すみ”はオスらしいゴキブリに語りかける。
しばらくしてから、二匹やってきた。一匹が恥ずかしそうにして後ろからついてくる。どうやら嫁さんだ。再婚したようだ(^^;。
しばらくすると近寄ってきて、夫婦で弁当の残りを食べ、膝で遊んでから帰っていった。その次の日も、次の日も・・・・・・。
その後、大阪の刑務所に移ってから、京都の牢屋に残してきた友達のゴキブリ夫婦を思って詠んだ詩が、上の詩。
このように、大らかさの中に、ゴキブリを思いやる繊細さを秘めている大きな大きな人物だったようだ(^^;。”すみ”の出獄後、ある婦人看守は、”すみ”を慕ってたびたび天恩郷を訪れたという。
さて、”すみ”を失った悲しみの中、直日は大本の道統を継承し、三代教主に。同時に日出麿師は三代教主補に就く。教団名も”愛善苑”から元の”大本”に戻す。
後に直日は道統継承の決意を次のように語っている。
矛盾は感じているが・・・・・・(^^;>メインページへ 20091101 矛盾は感じているが・・・・・・(^^;
●疑問点1
歴史のことはよく知らない。
もし、彼らの大量殺人が真実だとするならば、彼らが現在、天国(※五次元の善人界)にいられるはずがないと思うのであります。
つまり、レーニンも毛沢東も地獄に落ちているのではないかと思っている。だから、旧版「黄金の法」の上記の部分がどうしても納得できないのだ。
●疑問点2
この部分も本当に考え込んでしまう。
以上の六名で成り立っているらしい。
つまり最澄(※伝教大師)は、お釈迦様の生命体の一部であると説かれているのであります。ところが大川先生は、その最澄が現在、地獄の最深部に落ちていると言う・・・・・・。これは悩みますねぇ・・・・・・。
ちなみに高橋先生は、「空海の伝えた”密教”は真の仏教ではなく、バラモン、ヨギストラーと仏教がミックスされたもの」で、「空海自身も真に神理を悟っていなかった」といった意味のことを語っています。
大川先生は、
最澄と空海の評価が逆になっているのであります(^^;。
もし、正反対のことを言うとするならば、二人は同レベルの霊視能力とは言えず、一方が間違っているか、双方が間違っているかのいずれかである。両者が正しいということは、論理的にはあり得ない・・・・・・。
どちらかがデタラメ、もしくはどちらもデタラメ(^^;。これはつらいですねぇ・・・・・・。
その点、組織に属していない自由人である私たちは気が楽だ。 「神仙の人」ノート その37>メインページへ 20091021 「神仙の人」ノート その37
思い詰めてしまわぬよう身体を動かそう
直日もまた深く傷ついていた・・・・・・、「死にたい」と思うくらいに。
直日は、食べていくために農作業に励んだ。田植えの時期などは、早朝から夜の八時頃まで、手慣れぬ作業に没頭した。
アレコレと思い悩むのは、我々の悪い癖だ。
心の傷や肉体の病いも、”時の流れ”が癒してくれる。”日にち薬”、”時にまさる良薬なし”であります(^^;。たとえば料理の時、包丁で指を切ってしまったとする。そんなとき、どれだけ真剣に「元に戻れ」と祈ったり、思い悩んだところで、その傷は治りはしないだろう。でも、バンドエイドでも貼って、その傷のことを忘れて、しばらく日常を生活を続けていれば、「治れ!治れ!」とことさらに祈らずとも、知らないうちに、自然に、勝手に治ってしまうモノなのだ。
時、至らねば、解決しない問題というモノがあって、そんな場合、どれだけ思い悩んだところで、時が来るまでは絶対に解決しない。
そんなときは、思い悩むヒマがないぐらい、別のことに没頭することだ。取りあえず問題から目をそらして、テレビドラマに熱中する(^^;、飯でも食べて昼寝する、習い事をする、農作業に没入する、仕事にのめり込む・・・・・・、すると気がつかないうちに時が流れ去って、やがてその時が来て、さしもの難問題も自然消滅してしまう、ってなもんであります(本当か!?(^^;)。
もちろん、何でもかんでも放置しておけばいいってモノではありません。たとえば虫歯になったら、悪化しないうちに歯医者さんに治療してもらったほうがいいです。自分でできることは、できる限りやって、自分の手の届かないことはあきらめて、時に委ねる。「人事を尽くして天命を待つ」というヤツであります。 とにかく、悩んでも仕方のないことをアレコレと悩み続けて精神を病んでしまう人がケッコー多いそうですから、そうならないために、悩むヒマがないほど、別のことに没頭するのがよいという話です。
考え過ぎてダメになった人の笑い話のような笑えない話しを一つ。
(^^;・・・・・・。これは実話だそうです。この死んでしまった紳士は単純な話を、難しく難しく難し~~く考え過ぎてしまって、ノイローゼになって、おそらく自殺してしまったのでしょう。
竹田でのエピソード
さて、竹田時代も不思議は続発した。引用しておこう。
自殺について>メインページへ 20091010 自殺について
自殺はなぜいけないか?
唯物論を突き詰めると、人生なんてものは無意味なものということになる。だから生きている間は、多くの快楽を味わったほうが得だ。苦しくなったら自殺すればいいのさ。自殺すれば、自分という存在は消滅して、苦も楽もヘッタクレもないのだから・・・・・・ということになる。
しかし、ほとんどの宗教ではそのように考えない。しばらく、宗教や霊界通信の教えに目を向けてみよう。
仏教説話集「ジャータカ」に次のような話しがあるという。
これは完全な自殺だろう・・・・・・。だから、このウサギは暗黒地獄に堕ちるというのか! そんな馬鹿なことがあってたまるか。
教祖が、「自殺は、神に対する反逆で、最悪の罪だ」と言ったからという理由で、このウサギは地獄に堕ちたと主張する宗教バカがいる。宗教ドグマとは本当に恐ろしいものだ。心の奥底では、「この健気なウサギが、本当に地獄に堕ちてしまうのだろうか?」という疑問が渦巻いているはずなのに、それを誤魔化して、本当の自分を偽っている・・・・・・。悲しいことです。
さて、では仏教説話「ジャータカ」では、このウサギの行為をどう見るか?
彼らの行為を見て、帝釈天はどう思われただろうか。
・・・・・・と思ったか?
いいえ違います。キツネとサルに感心したのは当然のことですが、自殺したウサギに対しては、感心を通り越して、衝撃を受けたのであります。
そしてウサギの究極の行為を後世の人々に伝えるために、ウサギの身体を月に昇らせたという・・・・・・
↑月のウサギさん(ウィキペディアにある画像)
誰でも死にたくなるときがある、それを恥じることはないのだ
「自殺はいけないっ!!!」・・・・・・、
あのお釈迦様でさえ”自殺”を考えたことがあるのだ。 それはお釈迦様が、「我いま悟りを得られぬなれば、生きてこの座をたたぬであろう」と決意して、ピッパラーの木の下に座してから二十一日目のことだった。
お釈迦様は七日目に大悟されたが、「はたしてこのまま心の調和を維持し続けることができるのかどうか?」、一抹の不安があったため、さらに座り続けたのでした。来る日も来る日も心の調和は不動でした。そして二十一日目、心の調和に完全に自信を持つに至ったが、お釈迦様はこうも考えた。
こう考えてお釈迦様はその夜から食事をとらずに肉体舟の衰えるのを待とう、と決心したのであります。
おこがましいことですが、この時のお釈迦様の間違いを2点、指摘しておきたいと思います。
もし、この時、本当に”自殺”してしまっていたら、おそらく、お釈迦様といえども、天上界に帰ることはできなかっただろうと思います・・・・・・
ただ、大悟されたお釈迦様でさえ、利己心に惑わされたり、絶望したりして、自殺しようとしたことがあったということは事実であります。あの偉大なるお釈迦様でもそうなのですから、我々凡人が「死にたい!」と思ったり、本当に自殺してしまったりするのは、ある意味、当然ではないかと思うのです。
宗教の教えや霊界通信などでは、自殺のことを、「臆病者の逃避行為で、最悪の罪」と冷たく切り捨てていますが、それはチョット厳しすぎるのではないかなァ~なんて僕は感じてしまうのであります。
人間ってそんなに強くない。現に、「生命は永遠なり!死を怖れるな!」と、大声疾呼していた宗教家が、医者からガンを宣告されたとたん、”青菜に塩”状態になってしまった、なんて話がザラにある。世の中には、病い、借金、大失恋、イジメ等々の地獄の苦しみが、ゴロゴロと転がっているのだ。
もし、自分がそういう苦しみを背負うことになったら、どうだろうか? 余裕か? まったく平気か? いつもニコニコしていられるか? ・・・・・・、嘘をつくな! 誰だって一度や二度、「死にたい!」と思ったことがあるはずだ。
少なくとも僕は、今までに何度も「死にたい!」って思ったことがある。特に唯物論に毒されていたころはひどかった・・・・・・ 19歳の頃なんて、本当に危なかった。
あの時、もし病院に行けば、きっと「鬱病」とか「ノイローゼ」とか診断されていたことだろう。
あの時は、本当にいつ”自殺”してもおかしくないような状態だった。
もし、もう少し苦しかったなら、きっと”自殺”していたと思う。僕はそういう弱い人間なのだ。だから偉そうなことがいえない・・・・・・
”自殺”した人のことを臆病者呼ばわりするような人は、そういう苦しみを知らないか、よっぽど強い人なんだろう。
僕には、宗教の理論理屈を振りかざして、「自殺はいけません」なんて、簡単に済ますことができない。
これではお話しにならない。たとえその理論理屈が真実だとしても、そんな血の通っていない理論理屈で、「死にたい!」と思っている人の”苦しみ”が消えるだろうか? 消えるはずがないのだ。死にたいくらいに苦しんでいる人の”苦しみ”を消せもしないのに、「自殺はダメだ」と宗教ドグマを押しつけるのは、本当に心ない仕打ちだと思う。
その人の”苦しみ”を軽減させて、生きる希望を与えることが、宗教家の役割ではないか。それを忘れて、いたずらに、「自殺はダメです」を繰り返すだけでは、単なる偽善者に過ぎない。
もっとひどいのになると、
これでは脅しだ。この説教が真実だったとしても、「こんな説教を聞かされて、自殺を思いとどまって、この世で地獄の苦しみを味わい続ける人の身にもなってみろ!」と言いたいのだ。
自殺防止対策について
では、どうすれば、「死にたい」と思っている人の苦しみを軽減させ、希望を与えることができるのだろうか。 どうすれば、苦しみを耐え抜くことができるのだろう?
①宗教的な人は現実的な対策を疎かにして傷を深めてしまう
根本治療ということで考えるならば、八正道の実践に尽きるだろう。しかし、八正道の生活には即効性がない。どちらかというと予防医学的な感じだ。
人間関係で苦しんでいる人、借金苦で苦しんでいる人、病気で苦しんでいる人・・・・・・、人それぞれであります。そして苦しみの解決法も、人それぞれだということなのです。つまり、現実的に考えて、対応策を考えることが大切だと思います。
たとえば、お腹が痛いのに、歯医者にいってもダメです。その道の専門家に相談することです。借金苦の人は借金苦解決のプロに相談する、恋愛で苦しんでいる人は恋愛経験豊富な人に相談する・・・・・・、こうした現実的な対応を疎かにしてはならないでしょう。
宗教的な人は、そういうのをバカにして、何でも祈れば解決するとか、念仏を唱えれば大丈夫とか、そういう非現実的なことを信じ、傷口を広げてしまうことが多いと思う。たとえば、僕の場合、奥歯が虫歯になった時、光明思想にかぶれていて、「本来虫歯なし!と念じ続ければれば、治るかも」なんて、信じこもうとしていた。
でもどんどん悪くなって、痛みに耐え切れなくなってきて、歯医者にいった頃にはもう手遅れで、その奥歯を抜く羽目に陥ってしまった・・・・・・。本当にバカなことをしたものだと思う。現実的な対応を疎かにすると、こういう目に遭うということです(^^;。
②悪霊対策も大切
自殺する人の精神状態というのは、まず間違いなく、正常ではない。冷静に自殺することなんて出来ないと思う。取り越し苦労して、どんなことでも悪いほうに悪いほうに、悲観的に考えてしまい、もう何が何だかわけが分からなくなってしまっているのだと思う。
こういう悲観的な心は、「波長同通の法則」により、悪霊を引き寄せてしまうということを知らなければならない。
そして最後は生きているのがイヤになって、”自殺”に追い込まれり、廃人と化してしまうのだ。僕はこのように自殺者の大半は、悪霊の影響を受けていたと思うのだ。
通常、「反省」することによって、悪霊の影響を断ち切ることができるのですが、悲観的な精神状態の人はよほど注意しなければならない。
③健康生活に立ち返ること
だから、ひとまず「反省」はワキにおいて、別の角度から攻めるべきだろう。
元気モリモリの人が自殺したという話しを聞いたことがあるでしょうか? おそらく無いと思うのです。自殺する人は、やはりどことなく暗い影があって、どことなく疲れ気味で、どことなく不健康な感じがする。
それは心身は一如だからです。「健全な肉体に健全な魂が宿る」と申します。つまり肉体を健全な状態に戻せば、悲観的な心の傾向も薄れていくということなのです。そうなると悪霊のほうは、「類は友を呼び、類でないものは反発しあう法則」によって、憑依したくても憑依できなくなってしまうのです。
悲観的な心を楽観的な心に変えるのは、なかなか難しい。何しろ心というものは五感でとらえることができない。だから心の変革なんて雲をつかむような話なのだ。それに比べて「健康生活」の実践というのは、成果が形として現れてくるから、心の変革よりは遥かにやりやすいし、やりがいもあるというものだ。
たとえば、悲観的な人は、不眠症の気があるものだ。夜、ぐっすり眠ることができない。で、昼間、うつらうつらしていることが多い。これは不健康な生活の見本だ(^^;。これではいけない。 これを改革するには、昼間一所懸命からだを動かすこと。定職を持っている人は、一所懸命働く。仕事に没頭すること。身体を動かさない仕事の人や定職のない人は、散歩とか健康体操とか、とにかく身体をよく動かすこと。そうすれば、必ず、夜、眠ることができるだろう。それでも眠れなければ、眠らずに、読書でもすればいい。とにかく朝は6時~7時ぐらいに起きて、昼間は活動する。しばらくすれば、夜、起きていたくても、起きていられなくなるものだ。
それと”食”。これはとにかく感謝して食べること。また「足ることを知る」実践として腹八分目を心がける(※これは本当に難しいことです(^^;)。
「玄米正食」とかにこだわる人がいるが、こだわり過ぎは、かえって良くない。山奥で自給自足で生きて行くならそれもいいだろうが、社会のなかで生きている人は、「正食」にこだわり過ぎると、周囲との調和を保つことができなくなるだろう。
好きなものを食べて、酒もタバコもやる人で、60、70まで生きている人が幾らでもいる。「正食」じゃなくても長生きの人はケッコーいるのだ。ところが「正食」にこだわっているのに長生きできない人もいるものだ。健康に執着する心が、かえって健康によくないのであります。
”笑う”こと。「笑う門には福来る」であります。姿勢や顔の表情は、心に影響を与えます。良い姿勢、笑顔は心を明るくする。悪い姿勢、暗い表情は、心を暗くして、悪霊を引き寄せる。だから、”笑う”ことです。笑っている人には、神の光が射し込み、悪霊は近づくことができないのであります。 また、腹の底から笑うことは、最高の呼吸法だと言われています。ヨガ式の呼吸法は、なかなか難しいものがある。間違った呼吸法をやっていると、脱腸になったり、寿命を縮めたりするらしい。その点、”笑う”自然呼吸法は、小難しい理論もルールも何もない。ただ腹の底から”笑う”だけだ。これが一番の健康法なのです。もし、一日に一度、本当に腹の底から大笑いすれば、その夜はぐっすり眠れるに違いない。
④神理の書と愛読書
一日15分でもいいから神理の書を読むことだと思います。神理の書を読むと、神仏の光が心に射し込みます。そんなとき悪霊は近づくことはできません。
また、神の光は神理の書だけに秘められているわけではない。小説やマンガや映画にも秘められているのだ。
⑤正しい信仰を持つ
やはり、唯物論は危険だと思います。今の日本の教育を受けると、まず間違いなく唯物論者になってしまう。唯物論者は、「死ねばすべて終わる」と思っているから、苦しくなったら比較的簡単に”自殺”を選択してしまう傾向があると思うのです。
唯物論が本当に真理であるのならば、それはそれでよいだろう。でも本当に真理か? 僕は一面の真理にしか過ぎないと思うのです。やはり神仏も霊界も存在すると思う。そうした本当の真理を学び、真理を生きる努力を積み重ねていくことで、心は正しい方向に成長し、たくましくなって、苦難を乗り越えてゆくことができると信じているのであります。 雑感21>メインページへ 20091004 雑感21
DIL・関谷さんのブログの最新記事を読んで、今、考えさせられている。
その記事によると、先月、ある幸福探求者が自殺してしまったそうだ。 「神との対話」こそ最高の書物だと確信し、その教えを広めようとしていた女性・・・・・・、とのことだから、一連の流れから推測すると、以前DILの掲示板で「神との対話」の言葉を紹介していた方のことだろう。
その方とは一面識もありませんでしたが、その書き込みから彼女のイメージがある程度できあがっていたので、「自殺した」というニュースは非常にショックでした。 何はさておき、まずは彼女のご冥福を心よりお祈りしたいと思います。・・・・・・・
さて、僕が考えさせられていることについて少し書いておこう。
宗教の教えを紹介するということは、いい加減な気持ちでやってはいけないことなんだなァ・・・・・・、そう思った。 「この教えは素晴らしい。この教えによって私は救われた。だからこの教えを一人でも多くの人々に伝えたい!」
そしてもう一歩踏み込んで考えると、「もしかしたら、その教えが原因で自殺してしまったのではないか?」とも思えてくると思うのだ。
僕がこのブログで行なっていることには、そういう危険な面があるのだ。厳粛な気持ちにならざるを得ない・・・・・・ 「神仙の人」ノート その36>メインページへ 20090927 「神仙の人」ノート その36
昭和18年6月17日、直日は子どもたちを連れて、中矢田農園から兵庫県朝来(あさご)郡竹田の大本竹田別院に転居。
王仁三郎が戻るまでは、夫の日出麿師が非情の世界に没入してしまっている以上、直日が踏ん張るしかなかった。弾圧の嵐の中、世の人々から「逆賊・国賊」と罵られながらも、大本の支柱となって奮戦してきたのだ。その間、直日は、世間の人々の心の裏表をイヤと言うほど味わったという。
ところが、王仁三郎が戻ってくるやいなや、それまで距離をおいていた人々が、手のひらを返したように、再び群がってきたのだった。それは王仁三郎の影響力の大きさから考えれば当たり前のことなのだが、理屈では理解できても、気持ちのほうが釈然としない。割り切れないのだ。
しかも、夫の日出麿師は、今もまだ深い深い闇の中を彷徨している・・・・・・。
昭和18年の秋ごろのこと。
大の大人が、ふすまや柱に筆で、文字やら絵やら、書いたり描いたりする。常軌を逸した行為だ。しかし、後からよくよく考えて見ると、それらの文字や絵は、どうやら爆撃機による”空襲”を暗示していたように思われるのだった・・・・・・。当時は、日本がそんな状況に陥るなどと、誰も夢にも思っていなかった時代であります。
そして昭和19年。
雨漏りがひどいので、裏の蔵に居をうつす。そこでも火の気はいっさい絶ち、電灯もつけず、暗闇の中、袷一枚の正座が続いた。
昭和19年、20年頃の世界は惨憺たる状態でした。地獄霊たちの跳梁跋扈も凄まじかったと思われます。それ故でしょう、”運霊”の役割を担う日出麿師の”交霊”もいっそう激しいものとなっていったのであります。
昭和20年に入り、アメリカの大型爆撃機B29の大編隊が、来る日も来る日も、日本本土を爆撃し、都市という都市が廃墟と化した。それは、かつて当局から徹底的に弾圧された”大本”のすがたと同じだった。
この年、側近の石原が徴用されたので、那須弥惣吉が日出麿の付き添いをつとめ、津田良則が加わる。津田が側近になる、その数日前のこと。
津田は、直日の勧めで、一家を上げて紀州勝浦から竹田に疎開してきた。二、三日して、津田が、竹田別院の前まで行くと、玄関付近に日出麿師と那須が立っている。津田の姿を見た日出麿師が、「津田はん、部屋へ来な」と声をかける。
そして、数日して側近に連なったその初日・・・・・・。
日出麿師が自分から「手を縛ってくれ」と言ったということですが、それは単なる精神異常者ではないということを証明しているように思います。 しかし、まあ、とにかく日出麿師の側近は、本当に本当に大変だったようですな(^^;。 ユートピア運動と自己変革>メインページへ 20090927 ユートピア運動と自己変革
環境や体制を変えればユートピアが来るのではない。
かつて共産主義者たちは、革命を起こして、共産主義体制に変えれば、ユートピアが来ると思っていた。
ユートピア運動と自己変革は、できるかぎり同時進行が望ましい。一方だけに片寄ってしまうと、必ずと言っていいほど、おかしくなっていくものだ。
真の勇者>メインページへ 20090927 真の勇者
う~ん、確かに苦笑いするしかない(^^;。確かにその通りかもしれないのだけれど、大袈裟さとスケールの小ささとの落差に、思わずニヤリとしてしまう。
ちなみに高橋信次先生ならば、こうなる。
かっこいいですねぇ~、えらい違いです。ハハ(^^; 「神仙の人」ノート その35>メインページへ 20090913 000 「神仙の人」ノート その35
第二審の判決下る
第二審の判決で、治安維持法違反に関して無罪に。そして、とうとう王仁三郎と”すみ”の保釈が認められる。事件勃発から実に6年8ヵ月ぶりに出所(”すみ”は6年4ヵ月ぶり)を許されたのである。
ここで出所直後のエピソードをひとつ(「奇蹟を起こす霊的秘密」に書かれてた話し)。
話を戻して・・・・・・、 亀岡に戻った王仁三郎は、「大本関係者が全員出所した今、もはや荒修行を続ける必要はない」という旨をしたためた便りを日出麿師に送った。
しかし日出麿師の奇行はなおも続いた。
さて、王仁三郎と”すみ”が釈放されたという報を伝え聞いた人々が監視の目をくぐって中矢田農園にかけつける。彼らは日出麿師のことも伝え聞いていたので、直接、王仁三郎に質問する者もいた。
正法が流布されていくときには、必ず魔が競い立つと申します。ユートピアの建設を邪魔しようとする。正法が広がれば広がるほど、彼らの地上での生活の場が縮小して行くからです。だから、必死で邪魔する。潰そうとする・・・・・・、
だから何度も言うように、本当に世の中を良くしていくためには、この世的な努力だけではダメであって、どうしても霊的な活動が必要なのであります。そしてその霊的活動のなかでも最も厄介なのが魔王たちを改心させることで、これができなければ、真のユートピアを築くことも決してできない。
しかし、魔王を改心させることは、凡人である我々には99.9%不可能・・・・・・。そこで王仁三郎や日出麿師のような人たちが、魔王クラスの霊を担当して、我々の代わりに苦しみを引き受けてくださるということになるのであります。
さて、では王仁三郎は、なぜ日出麿のことを、「日出麿はあかんで」などと、クソミソに言ったのだろうか?
「神仙の人」ノート その34>メインページへ 20090913 000 「神仙の人」ノート その34
天運は数運に合致する
昭和13年2月18日、中国の道院で、次のような神示が降ろされている。
あるいは、開祖”なお”のお筆先には、「大本は世界のかがみ」とある。 その意味を簡単に説明すると、
ということであります。
世界地図をよく見ると、日本列島と世界の国々が相似形になっていることが分かるでしょう。 たとえば、北海道と北アメリカ、四国とオーストラリア、九州とアフリカ、本州とアジア・ヨーロッパ、あるいは、琵琶湖とカスピ海、瀬戸内海と地中海・・・・・・、これらを比較すると合わせ鏡のようになっていて、驚かされるのであります。
こうした不思議な事実から、「日本は世界の”ひな型”である」と主張する神道家たちがケッコー多いのだ。そして大本では、さらに付け加えて、「大本は日本の”ひな型”である」と主張しているのであります。
たとえば大本では、”太平洋戦争”のひな型は、”第二次大本事件”だと考えているそうだ。僕にはそれが本当かどうか、よく分からない(^^;。眉唾ものだとは思うけれど、とりあえず彼らの分析を見てみよう。
彼らは、いろいろな出来事の日付とかを調べていて、気づいたのだ。それは次のようなことだ。
第二次大本事件から、ちょうど六年後の同月同日に太平洋戦争が起こって、大本と同じように、大日本帝国はコテンパンにやられてしまう・・・・・・。しかも、大本事件の大審院の判決が出た日と、講和条約が締結した日も、ちょうど六年ずれた同月同日・・・・・・。
こうした”日時の符合”が単なる偶然で済ませられるか? いや済ますことはできない(^^;
確かに不思議な話しだ。大本では、こうした不思議な”日時の符合”が数多くあるそうだ。
たとえば、ノストラダムスの予言なんかでも、解読者たちが、凡人には到底思い浮かぶことのできないようなワケの分からない理屈をこねくり回して、「ノストラダムスの予言の的中率は驚異的だ!」と大絶賛していた。
また、解読者たちの「1999年、人類滅亡」説を信じて、人生を狂わせてしまった人も大勢いる。僕なんかもその一人で、幼い頃に刻まれた「1999年、人類滅亡」説が、ずーっと心のなかに残っていて、「どうせ人類は滅亡するのだから!」という前提で、人生の岐路を、右するか左するか、選択してきたような気がする。今、振り返ると、それは非常に愚かなことだったと思う。
あるいはマニアックな神道研究家たちは、日本地図を広げて、色んな神社を線で結んでみたり、コンパスで丸を描いて、幾つかの神社を結んでみたりして、地図を丸や三角や四角の線だらけにして、「あっ、ここにダビデの紋章の六芒星が浮かび上がった! やはり日本とユダヤには深い関係があるのだ!」とかいった、とんでもない飛躍をして喜んでいる(^^;。
そして、各地の神社仏閣を巡って、「磁場調整をしたから、もう大丈夫!」とか、「光の柱を打ち立てたので、もう大丈夫!」とか、ワケの分からないことを厳かに宣言する・・・・・・(^^;。「そんなことをやってるヒマがあるのなら、もっと他にやるべきことがあるのではないか?」と、思わず突っ込みたくなってしまうのであります。
また別の人は、年月日や時刻の数字を、足したり、引いたり、かけたり、割ったりして、やれ「3になった」とか、「666になった、彼は悪魔だ」とか、ワケの分からないことを主張したり、くだらない解釈を試みて、「とうとう謎が解けた!」と自画自賛・・・・・・(^^;。情けない話しです。
大本の人たちが主張する、”日時の符合”なんかも、これらとさほど変わりがないのではないか?と、僕なんかは思ってしまうのだ。こうした研究に熱中して、色んなことを次々と発見をすると、そりゃ、面白いのかもしれないけれど、ハッキリ言って、それは単なる時間つぶしに過ぎないと思う。
そうした研究の成果が、人生の指針になるとはとても思えない。そんな研究をしたからといって、心が豊かになることもないだろう。智恵の目が開けることもないだろう・・・・・・。
そうした研究に明け暮れることや、そうした研究の成果に学ぶことと、正法を学び実践することとは、まったく別のことなのだ。ここをハッキリ押さえておかないと、神理を学んでいたつもりが、実際は大切な時間をムダに浪費していただけだった、ということになりかねない。
最近(※2009年時点)では、”2012年にアセンションする”とかいう予言が話題になっている。色んな人が色んなことを、まるで見てきたかのように滔々と弁じている(^^;。
世の乱れに比例して激しさを増す霊がかり状態
昭和17年4月18日から、穴太(あなお)の長久館に移る。ちなみにこの日、東京は初の空襲を受けている。この頃はまだ皆が緒戦の勝利に酔いしれていた時である。
戦争などで大勢の人々がいっぺんに死ぬと、受け入れる側の霊界のほうも混乱するという。お昼時になると食堂に大勢のお客さんたちが詰めかけてきて、食堂はてんやわんやの大騒ぎとなる。それと同じことだ。 また成仏できない霊たちが地表をさまよい、生きてる人に憑依したりして、地上に混乱を引き起こす。 戦争で大切な人を失った人たちは、悲しみに暮れ、誰かを憎んだり、怨んだりする。そして、そうしたマイナスの想念エネルギーが、地獄界をさらに活性化させ、相乗効果によって、地上はますます混乱し、地獄界はますます増大していく。 日出麿師の使命が、こうした迷える霊や地獄霊・動物霊の救済や、魔王たちの調伏にあるとするなら、戦争が激しくなればなるほど、当然、”霊がかり”状態も激しさを増すというものだろう。 「神仙の人」ノート その33>メインページへ 20090826 000 「神仙の人」ノート その33
汝、真の狂人なりや否や!?
1940年4月、王仁三郎の三女・八重野が急性肺炎で危篤状態におちいる。「もうダメだ!」ということで、母親である二代教主”すみ”はたった一日だが、未決監より帰宅を許される。この時、”すみ”は日出麿師にも会っている。
誰が見ても狂っているとしか思えない日出麿師だが、”すみ”はそんな日出麿師を見て、「尊いお姿」と言った。なぜだろうか? 社交辞令のようなものか? それとも何か深い意味が込められていたのか?
たしかに日出麿師には不可解な点があった。どう見ても狂人に見えるのだけれど、その狂人のワケの分からない言動には、深い意味が秘められていて、それが後々になって明らかになってくる・・・・・・、ということがケッコーあるのだ。
たとえば、日出麿師の行為と八重野の回復には、因果関係があるのだろうか?
こうした不思議なことが年に一度ぐらい起こるだけなら、”たまたま”だということになるだろう。しかし、こうした不思議な出来事が頻繁に起こるとしたなら、いったいどう考えれば良いのだろうか?
ある時、日出麿師が二階から硯と筆をもって飛ぶように降りてきて、無地の砂子の六枚屏風に歌をスラスラと一気呵成に書き上げた。そのあざやかな墨痕に、直日も側近も、目を見張ったという。歌の内容も、筆の運びも、とても狂人のものとは思えなかったからである。
こうした事がたび重なるので、この頃から、側近の者は、「日出麿師は、当局の監視が続行されているので、わざと狂ったフリをしているのではないか?」と思うようになってきた・・・・・・
人の心を映し出す鏡のように
こうした逸話もなかなか意味深だ。
仮にそうだとして、なぜ、そんなこと(※狂ったフリ)をする必要があるのか?
しかし、こうした計算心があったとしたなら、ハッキリ言って、ガッカリだ。そういうのは”兵法”であって、宗教家のやることではないからだ。
鏡のごとく、悪霊が近づけば荒れ狂い、心の綺麗な人が訪れれば胸襟を開く。荒れ狂っているときも、元に戻っているときも、それはそれで”ありのまま”、”あるがまま”の日出麿師だったのではないかなぁ・・・・・・、という気がするのです。 努力について>メインページへ 20090829 000 努力について
自助努力は正法行者の基本姿勢
「努力なんて必要ない」という教えを説く人たちがいるようだ。その中には高橋信次先生の”教え”を学んだという人もいるから呆れかえって、開いた口がふさがらない。信次先生からいったい何を学んでいたというのだろうか(^^;。
正法では、「知恵・勇気・努力」の三位一体の行為を重視している。
たとえば、「知恵」はあるけど、「努力」がキライで、「勇気」もない人間・・・・・・、はたして、こんな人が正法を実践できるだろうか?
中庸を得ることが大切
また、「知恵・勇気・努力」のそれぞれに関して、中庸ということ、かたよらない中正の道が大事だ。中庸を得ていない「知恵・勇気・努力」は、自分も他人も傷つけてしまう。
どれだけ頭の回転が良くて、「知恵」があったとしても、他人を不幸にするために使ったり、自分だけが得するために使ったり・・・・・・、こういう小ざかしい「知恵」、悪「知恵」は、ハッキリ言って中庸を得ていません。自分も他人も良くなるようにと、頭を働かせることが、本当の「知恵」。
「勇気」なんかでも、匹夫の勇になってしまってはいけない。怖いもの知らずと「勇気」とは、似て非なるものであります。前に一歩踏み出すことだけが「勇気」なのではない。相手をぶっ飛ばすことだけが「勇気」じゃない。
自分の間違いに気づいたら、素直な気持ちで謝ること・・・・・・、これもまた大きな「勇気」であります。間違いを誤魔化すために、ご大層な屁理屈を声高に主張してみたり、相手が自分よりも弱そうだったら威嚇してみたり、怒鳴ってみたり・・・・・・、そんなのは「勇気」でも何でもない。
あるいは「努力」。
また、「努力」は、人に見せるためのものではない。人に認めてもらいたくて、「努力」をアピールしている人がケッコー多い。「俺はこんなに頑張ってます。どう? 凄いでしょ!?」ってな感じ(^^;。 それとか、同情してもらおうと思って、苦しげな表情を浮かべながら「努力」したりなんかして(^^;。これは苦行僧たちの得意技だ(^^;。断食して、痩せさらばえて、いかにも「我は聖者なり」ってな顔で、人々にアピールしている。そして、人々から称賛されて、うれしがっている。こういうのは自己顕示欲の塊で、自己顕示欲を満たすために、「努力」をアクセサリー化していると言わざるを得ない。
そうかと思うと、自力天狗の「努力」家なんてのもいる。自分が必死に「努力」して成功したから、他人には手厳しい。「あなたが成功できないのは、単にあなたの努力が足りないだけなのです。もっともっと私のように頑張りなさい!」なんてことを平気で言う(^^;。
また、頑張りすぎて、燃え尽きてしまう人もいる。「努力」は大切だけれど、精神を病んでしまうような「努力」のやり方は間違っている。「努力」は、長く長く継続してこそ意味がある。長く続かせるためには、頑張りすぎてはいけないのだ。
人生を、最初から最後まで全力疾走しようとして、頑張れば頑張るほど、その人の苦しみは大きくなっていく。そして、そもそもそんなことは絶対にできないことなのだから、途中で絶望して、すべてを投げ出してしまいたくなる。でも、投げ出してしまったら、人生の敗北者だ。負け組だ。俺なんて生きる価値がない・・・・・・、こうした葛藤に苦しみ、やがて精神を病んで行き、最後に燃え尽きてしまう。
頑張り過ぎはいけないのだ。頑張ることが、「努力」ではないのだ。「努力」は、無理をしないで、一歩ずつ一歩ずつ積み重ねていくもの。「頑張りすぎ」の状態とは、マラソンを、50メートル走と同じスピードで、完走しようとして頑張っている状態(^^;。そんなことできるはずがないのだ。それをやろうとしているのだから、必ず挫折する。当然のことだ。
ペース配分が大事なのだ。「実践、実践!正法は実践しなければ意味がないのである!」と絶叫して、四六時中気張っていては、身も心もボロボロになってしまう。息抜き、リラックス、頑張らない時間・・・・・・、これが絶対に必要なのだ。
心理学なんかで、「努力逆転の法則」を説く人がいる。「頑張れば頑張るほど、うまくいかなくなる」という法則だ。
たとえば、どうしてもこの学校に入りたいと思って、必死に努力して、試験のとき緊張しすぎて、頭が真っ白になって、不合格になってしまった・・・・・・なんて話しをよく聞く。これなどは「努力逆転の法則」と言えるだろう。
しかし、それは「努力」したから失敗したというわけではないのだ。もし彼が「努力など必要ない」とか、わけの分からないことをほざいて、遊び呆けて試験に臨んだならば、最初から彼の不合格は99.9999999%決まっていたはずだ(^^;。「努力」したからこそ、彼には可能性が開けたのだ。
「努力」が悪かったのではなくて、プレッシャーへの対処法を心得ていなかったということ。プレッシャーを受け流すことができていたならば、きっと、「努力」によって培った本来の実力を発揮することができたはずなのです・・・・・・
「努力」だけではダメなのだ。プレッシャーをものとしない度胸、失敗を恐れない「勇気」も大切。そして「知恵」も大切。「知恵」のある人は、色々な考え方ができる。「失敗したらどうしよう」と思わずに、「失敗してもいいじゃないか?死ぬわけでもなし。また頑張ればいいのだ」・・・・・・、こう考えることでリラックスできる。緊張がほぐれる。すると本来の力を出すことができるようになるから、結局うまくいく・・・・・・、ってなもんです。
まあこういう感じで、結局、「知恵・勇気・努力」の三位一体の行為がもっともよいと言うことです。 「努力など必要ない」なんて甘い言葉は、一面の真理に過ぎず、そんなものを真に受けてしまってはいけない。「自力あっての他力」という言葉を忘れてはならないと思います。 「神仙の人」ノート その32>メインページへ 20090826 000 「神仙の人」ノート その32
約四年ぶりの帰還であった。 第二次大本事件勃発当時37歳だった日出麿師も、まもなく42歳を迎えようとしていた・・・・・・
精神病学の権威者である三浦百重博士は、そう宣告した。王仁三郎の後継者として将来を嘱望され、栄光の道を歩んでいた日出麿師を待ち受けていた運命はあまりにも過酷であった。
日出麿師の状態を客観的に見るならば、「拷問に耐えきれなくなって発狂してしまった可哀想な人」ということになるだろう。
霊的に見るならば、「日出麿師は地獄霊に憑依されている」ということになるだろうか? 地獄霊に憑依されるのは、憑依される側にもそれなりの原因がある。憑依現象というものは、波長同通の法則によって引き起こされるからだ。
あるいは、「神罰が降ったのだ」と言う人もいる。
いずれにせよ、”光の天使”が志半ばで発狂してしまい、不様な姿をさらすなんて話しは、あまり聞いたことがない。日出麿師が本当に”光の天使”だったのなら、神様が守ってくださるはずだ。でも日出麿師は狂ってしまった。本当にホンモノの”光の天使”だったのか??? 日出麿師なんて、所詮その程度の人間だったのだのではないか? そして、その程度の人物を後継者に指名した”大本”教団も、所詮たいしたことないのではないか?・・・・・・、こうした推理も成り立つだろう。
日出麿師の発狂状態を好意的に解釈した場合、上のような説明になる。「発狂状態もまた神仕組みなのだ」と言うわけだ(^^;。
道院・紅卍字会に降りた神示で、日出麿師の道院名が”運霊”と示されたように、日出麿師には「迷える霊魂を導き、天上界に運ぶ」という使命があるのだ。
宗教家たちが口先だけで、「許しましょう。愛し合いましょう」と、叫んだところで、そんなものは単なる空理空論に過ぎず、現実の世界平和に一ミクロンも貢献していなかった(^^;。もはや口先だけでは、どうにもこうにもならない切羽詰まった時代だったのだ。
この大動乱の時代を終わらせるためには、現実社会での現実的な動きも大切なのですが、それとは別に霊的な面から働きかけていくことも非常に大切なのであります。その中でも一番やっかいなのが、魔王たちを調伏することであります。
個々人が世界平和を祈る・・・・・・、こうした霊的な働きかけもあるでしょう。しかし、その程度のことで魔王たちの動きを封じ込めることは絶対にできない。やはりその道の専門家、たとえばモーセとかミカエルのような超強力な霊力の持ち主でなければ無理なのであります。もし、そうした専門家が、自分自身の楽しみを捨て去り、本気になって命がけで戦ったとしても、そう簡単に魔王たちを改心させることはできないのです。
日出麿師の青年時代のノートに、「一切の身辺の係累をかなぐり棄てて、思うままの世界を跋渉することは、自分が狂者にならない限りとてもできない。・・・・・・」(大正12年4月8日)とあるが、まさにその通りでしょう。
己の利益とか地位とか名誉とかに執着したり、
キチガイになって、世間体なんか気にしないで、命、地位、名誉、称賛、金、色恋、家族、友等々、俗世間のしがらみをすべて断ち切って、はじめてこうした大きな任務につくことができるのだと思います。
まだ日出麿師が正常だった頃。五条署の独房の中で日出麿師は、 「できません」、「いや、わたしにはとてもできません」と、何者かに向かって、何らかの任務を断り続けていた。そうした一人芝居のようなことが一週間ほど続き、とうとう、「やります」と、応じたのである。この後から、狂乱状態に陥ってしまったのだ。
いったい日出麿師は、如何なる任務を引き受けたのか?
その謎について、「神仙の人 出口日出麿」の編者は、こう推理している。
これはあくまでも推測だ。編者は日出麿師に心酔しているから、どうしても何でもかんでも日出麿師に都合良く解釈してしまいがちだ。
さて、では具体的にどうって魔王たちを調伏するというのだろうか。霊力で封じ込めるのか? あるいは神理を諄々と説いて改心させるのか?
これがもし本当なら、かなりキツイやり方だと思います。特に魔王クラスを憑依させるのは、本当にキツイと思う。一歩間違えたら、自分自身が逆に地獄の底に引きづり込まれることになってしまう・・・・・・。
日出麿師の”交霊”は、その時々で、凄まじく荒れたり、それ程、荒れなかったりと、決まった形はなかったそうです。それは要するに、憑依させた霊に応じて、千変万化するということ。成仏できなくて迷っている程度の地獄霊ならば、それ程、苦しむことなく成仏させることができるだろう。しかし、魔王を憑依させたら、さあ大変。のた打ち回ることになる・・・・・・
「神仙の人」ノート その31>メインページへ 20090808 000 「神仙の人」ノート その31
昭和10年12月8日、第二次大本事件勃発。逮捕された信徒たちには、過酷な拷問が加えられた。 昭和11年2月、拷問で正気を失った日出麿師、”強度の神経衰弱”とみなされ、五条署から京都第二日赤病院へ。 昭和11年4月、再び五条署に移される。
昭和12年1月、第三回予審訊問。このころ山科の京都刑務所に移される。 昭和12年4月、第四回。その後しらばく中断。 昭和13年6月、第五回・・・・・・、そして7月4日の第二十回目で、予審訊問が終了する。
最終予審訊問の二十日後、弁護人の林逸郎は日出麿師に接見するが、日出麿師の常軌を逸した言動に衝撃を受け、接見から三日後、京都地方裁判所にたいし、日出麿師の精神鑑定の申し立てをおこなう。 精神鑑定を命じられた京都帝大医学部精神病学主任教授の三浦百重博士が提出した鑑定書・・・・・・。
・・・・・・・。京都地方裁判所は、この鑑定書にもとづき、日出麿師にたいする公判は、ほかの被告と分離しておこなうことを決めた。
年表を見ると分かると思うのですが、当時の日本は激動の時代でした。 ”大日本帝国”という視点から見たとき、大本への弾圧は、ある意味、当然のことだったと言えるかもしれません。 国民が一致団結して、この激動の時代を乗り越えてゆこうとしているときに、国の言うことを聞かないような連中は、”国賊・逆賊”だ!、ということです。
たとえば、会社などでもそうだろう。会社の偉い人たちが決めた方針に従わず、「こうやったほうがいいんだ!」と言って、勝手なことばかりやる社員は、きっとクビになるだろう。たとえその社員のやり方のほうが理に適っていたとしてもだ。不条理な話しだが、組織とはそういうものだろう。
しかし、宗教家というものは組織に呑み込まれてしまってはならない。いや、宗教家だけがそうなのではない。すべての人々は、神様を第一にしなければならないのだ。国や会社の方針が、神様の御心に反する時、我々は、神様の御心を最優先させるべきなのだ・・・・・・。ま、こういうことは、口で言うのは簡単ですが、実際にできるかどうか?、非常に難しい問題だと思います。
現に当時、宗教家たちも一般大衆も、神仏の御心よりも、国家を優先してしまった・・・・・・。弾圧されるのが怖くて、腰砕けになってしまったのだろうか?・・・・・・。一般大衆がそうなってしまうのは仕方ないことだろう。しかし、宗教家が国家権力にビビッて、尻尾を巻いて、神理を曲げてしまったのだとしたら、どう評価すればよいだろうか? 残念ながら、そういう宗教家をホンモノだと認めることはできないと思います。
そう考えてみると、神様を最優先した大本は、本当に立派な宗教だったと言えるだろう。また信者たちも非常に信仰心が篤かった。大多数の信者は、国に弾圧されても無抵抗主義を貫き、人々から「国賊!逆賊!」と罵られても耐え忍び、最後の最後まで決して屈することがなかったそうです。
ちなみに、「生長の家」創始者の谷口雅春先生は、
という感じの考え方だったと思います。だから大東亜戦争なんかも、”聖戦”だと考えて、国家に協力的だったそうです。これは正しいことだったのか?
僕は、非常に微妙な部分があると思っています。谷口雅春先生は、天皇陛下を現人神と信じていた。だから、天皇陛下の国である大日本帝国に協力することは、谷口雅春先生にとって、神様第一主義の実践だったのだ。そういうふうに見れば、「間違っていた!」と決め付けることはできないだろう。
しかし、実際問題、天皇陛下が、「大宇宙大神霊」そのものであるはずがないのであります。たとえ天皇陛下であっても、あるいは、どんなに偉い政治家であっても、間違う可能性はあるのです。なのに、谷口雅春先生は、「天皇陛下は神だから、無謬である」と考えていたと思う。これは盲信・狂信ではないのか?と思わざるを得ないのであります。
天皇陛下は偉大な光の天使だったかもしれないけれど、やはり人間だったのです。その人間・天皇陛下を、究極の神と同格と考え、その考えを信徒たちに真理として説いてしまった。そこに問題点があったのではないかなぁ~と、密かに僕は思っているのであります。
やはり宗教指導者には、「国師」としての気概が必要なのではないだろうか? 国の方針が、神仏の御心に反していたならば、大統領であろうが、総理大臣であろうが、天皇陛下であろうが、言うべきことを、言うべき時に、ハッキリ言う・・・・・・、こうした気迫のない宗教指導者たちは、一からやり直したほうがよいのではないかなぁ~と、密かに思ってみたりするのであります(^^;。
仏教のある宗派の僧侶たちが、敵国の指導者を呪い殺すために、神仏に祈った・・・・・・、なんてアホな話しを聞いたこともあります。ま、これはデマだとしても、実際、浄土真宗なんかは戦争に協力的だったそうです。そんなものが本当の仏教であるはずがないのであります(※浄土真宗の教えが間違っているということではなく、当時の浄土真宗の指導者が、仏教を曲げたという意味)。
2500年前のこと。
ある国に王子がいた。この王子は幼い頃、釈迦族の人々に屈辱を味わわされ、「いつか復讐してやる!」と心に決めていた。そして、やがて王になり、「時が来た!」と感じ、軍勢を率い、釈迦族を攻めたのであります。
釈迦族の兵士たちは、防衛のため、弓を放ちました。彼らは弓術に長けていましたから、狙いは、恐ろしいほど精確でありました。
しかし、軍師のような人が、王の弱気を見抜き、アドバイスしました。 「王よ、案ずるなかれ。 王よ、確かに彼らの弓術の腕前は恐るべきものであります。しかし、負傷兵たちの中で、致命傷を負った者が一人でもいるだろうか。軽傷の者ばかりであります。 彼らは、かたくなに不殺生の戒めを守っているのだ。
気を取り直した王は猛攻撃を開始しました。
これが本当の仏教者の姿ではないでしょうか? 確かに、「他国の幼い王子を辱めた」という原因があって、その結果として、滅ぼされたのだから、因果応報の理といってしまえば、それまでのことだろう。釈迦族には、確かに驕りがあっただろう。それは仏教徒として恥ずかしいことかもしれない。しかし、敵の猛攻撃にさらされて、反撃する実力がありながらも、戒めを守り抜き、滅亡していったその壮絶な姿は、仏教徒として最高のお手本だと思うのです。子孫の繁栄をあきらめて、正法に殉じた彼らこそ真の仏教者であります。
命を守るため、反撃して、敵を殺してしまっても、誰も責めはしないでしょう。現在ならば、正当防衛ということで、罪に問われることもありません。
もし、日本民族が大東亜戦争の時、不殺生戒を守って、滅亡していたら、今の私たちは存在しません。そう考えると、「不殺生戒なんて無視してくれて、本当によかった」・・・・・・と、僕なんかは思ってしまう。
でも、それはまだまだ心境が低いというだけのことです。真理に生きるということは、真理のために死ぬということでもあります。神の御心に反した生き方をして、この世で生き延びるぐらいならば、真理を貫いて死ぬことこそが、真理に生きるということなのです。これぐらいの覚悟ができているのが、真の正法者だと思います。われわれは凡夫でありますが、少しでも真の正法者に近づいていくために、心を磨いていかなければならないと思います。
現在でも、国家権力の横暴さには呆れてしまうことがありますが、ファシズムの嵐吹き荒ぶ当時の日本の状況というのは、呆れるどころではなかった。何一つ悪いことをしていない人間を拷問にかけて、無理矢理に自白させたり、発狂させたり・・・・・・。そして発狂した人間を、「発狂を装っている」として、さらに厳しく訊問し、挙句の果てには勝手に調書を偽造する・・・・・・、こういうことをやっておったわけです。
こんなことをやっていて、なにが”神国”だ!? 天皇陛下は、偉大な光の天使だったかもしれないけれど、臣下たちの中にクソ野郎どもが、ケッコーいたのだ。選民意識に酔いしれて、自分が偉くなったと勘違いして、人間の道を踏み外してしまった連中だ。
根っからの悪人ではないのだが、盲信・狂信で、分からなくなってしまうのだ。「正義は我にあり!」と思い込んでいるから、悪だと思う相手に対しては、無茶苦茶なことを平気でする。本当に恐ろしいことだ。人間、中味ができてもいないのに、選民意識を持って浮かれていると、こうした落とし穴に落ちてしまうものだ。本当に注意しなければならないと思う。
川村かおりが死んだ>メインページへ 20090731 000 川村かおりが死んだ
川村かおりが死んだ・・・・・・
川村かおりなんて、女なのか男なのか、よくわからなくて、どちらかというと嫌いだったけど、「金色のライオン」を聞いてから、とても気になる奴になった(^^;。ま、しばらくして、芸能界を干されて、フェイド・アウトしてしまったけど・・・・・・。
川村かおりのアルバムで一番好きなのは、なんだかんだ言っても、やっぱり「金色のライオン」が入ってる「ヒッピーズ」。「青臭い!」といえばそれまでだけど・・・・・・、この年になっても、時々聴き返している。そしてきっと、これからも聴き続けることだろう。 「アクロス・ザ・ボーダーライン」>メインページへ 20090726 000 「アクロス・ザ・ボーダーライン」
81年のパイオニアのロンサムカーボーイのコマーシャルで流されていた曲。スライド・ギターの名手、ライ・クーダーの歌。僕は原曲がどれかよく知らないが、多分これが原曲じゃないかと思う・・・・・・?。シングル盤で出ていたらしい。もしかすると日本限定だったかも。大好きな曲です。
たしか「スライド天国」(’82)というアルバムのボーナストラックが、この曲だった。その後1987年に発表した「ゲット・リズム」で、とうとうCD化されたが、新バージョンだったので、ハッキリ言ってガッカリした。
ユーチューブで探していると、とうとう見つけることができた。どうもCD化されていないようだ。ユーチューブで探しているとき、ブルース・スプリングスティーンとジャクソン・ブラウンとボニー・レイットが、ライブで一緒にこの曲をやっていたのを知って、すごくうれしくなった。
歌詞の内容は、よくわからないが、知っている人の話しでは、
って感じの内容だそうです。ケッコー泣ける話しです。ちなみに僕は、もっと脳天気な歌だと思って、気持ちよく聞いていました(^^;。 http://listen.grooveshark.com/#/song/Across_The_Borderline/23431707 ←「アクロス・ザ・ボーダーライン」 「神仙の人」ノート その30>メインページへ 20090718 000 「神仙の人」ノート その30
上海で日出麿ブーム
昭和8年4月17日、日出麿師、上海に旅立つ。
”昭和神聖会”発会
第一次大本事件は、昭和2年5月、大赦令で免訴になったけれど、大本に対する当局の監視は続けられていた。
大本のこうした動きを見ていて、当局が、「こいつら、何かとんでもないことをしでかそうとしているのではないか!?」と勘ぐるのも、ある意味当然のことだろう。
ちなみに、王仁三郎は、”昭和神聖会”の運動に全精力を注がなければならなかったから、その発会を機に、大本教団のほうは日出麿師に任せることにしたようだ。
そして怒濤の如く、運命の昭和10年に突入していく・・・・・・。 出口日出麿37歳、その霊能と風格は、まさに円熟の境地!
大本のご神体が崑崙山に!?
ここで、一つのエピソードを紹介しておこう。
11年前、笹目氏は、白頭山の呂霊棘神仙(りょりんらい・しんせん)から、「お前は12年後、 崑崙山の疏勒神仙(しゅろ・しんせん)を訪ねて、今後のことを相談するようにしなさい」と言われていた。
そして昭和10年になり、そろそろ崑崙山に旅立つ時期がやってきたのだが、さて、出発しようとすると魔障の超強烈な攻撃が始まって、どうしても出発することができない。それで出発の時をズルズルと引き延ばしてきたのだが、いよいよタイムリミットになって、決死の覚悟で出発することにした。
笹目氏は出発の前、昭和10年12月4日に京都を訪れている。出口王仁三郎に会うためだ。
笹目氏は、それから大陸に渡り、満州の松島館に戻ったのが、数日後の昭和10年12月8日の午後2時。
とまあ、こういう出来事があったと、笹目氏は述懐しているのであります。笹目氏がこの話しを発表したのは、シベリアから日本に戻ってきてからのことであるから、昭和32年以降のこと。しかし、その時には、既に王仁三郎は亡くなっているし、日出麿師のほうは精神に異常を来していましたから、本当にあったことかどうか、確かめようがないのであります。 ただ、なかなか浪漫あふれるお話しなので、伝説として紹介しておきます(^^;。
我慢の限界
さて、第二次大本事件では、当局の圧力は、いっせいに日出麿師に向けられた。
戦慄すべき拷問の日々が始まった・・・・・・。
昭和12年5月、ようやく直日(なおひ ※三代教主)に日出麿師への接見が許される。
当時、直日の胎内には日出麿の子が宿っていた・・・・・・。昭和11年8月2日、待望の長男が生まれ、さっそく拘留中の日出麿師に、その旨を知らせたが、返事はなかった。それから9ヶ月たって、ようやく接見が許されたのだ。
直日は生後9ヶ月の長男・梓(※出口京太郎)と山科刑務所に出向く。一年半ぶりの再会である・・・・・・、しかし日出麿師の眼はうつろで、もうろうとしている。
耳を疑う言葉が、直日を奈落の底に突き落とした。噂は本当だったのだ。日出麿師は、過酷な拷問で精神に異常を来してしまったのだ・・・・・・。
その時までは、
と考えてみたり、
という事情から、”逆賊”、”国賊”と罵られながらも、じっと耐え忍んできた。
しかし、変わり果てた日出麿師の姿を目の当たりにして、当局に対する憤りを、もはや、抑えつけることはできなかった。如何なる困難が立ちはだかろうとも、敢然と立ち向かうことを、直日は決意した。
星祭り、近づく!>メインページへ 20090705 星祭り、近づく!
子供のころ、裏の畑に立って夜空を見上げると、星がたくさん見えた。吸い込まれそうな気がした。ものすごく不思議な感じがした。あの”不思議さを感じる心”を失ってしまって、久しい(^^;。
成長して大人になったのか? 大切なものを失って、大人と呼ばれるようになったのか?・・・・・・
イエス様の「なんじら、もしおさなごの如くならずば、神の国にはいることを得じ」という言葉が耳に痛いです。
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「神仙の人 出口日出麿」に学ぶ
イエス様の言葉を中心に
霊言集に学ぶ
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